2010年03月03日

ITA e KAZU-XI & RYO WATANABE、LIVE

皆様、今晩は。

去る2月27日、久々のITA e KAZU-XI & RYO WATANABEのライブでした。
場所は、青山CAY、ケセラ、アダンオハナギャラリーをプロデュースしてきた宮川賢左衛門さんがプロデュースする、白金Coolies Creek。
落ち着いた大人の遊び場所といった感じのとてもよいスペースです。

メンバーは小生、石山和男(vo)、鈴木厚志(p)、渡辺亮(per)。

小生とKazu(石山和男)がITA e KAZUというデュオを組んで、もう十数年になります。
ケセラでライブをやっていた時代は、vo,g,b,drs,perという組み合わせでやっていました
その後、賢左衛門さんがケセラを離れ、渋谷のアダンオハナに移り、この編成では出来なくなり、DUAS INTENCOESで何度かライブをやりましたが、再びこの組み合わせでやってみたいと思っていました。

小生、石山和男(vo)、鈴木厚志(p)という組み合わせは、最近では鳩間島音楽祭を中心とした八重山でのイベントとか、エスコーラ・ヂ・サンバのイベント等に出演する機会がある程度で、きちんとしたライブは本当に久し振り。
また、鈴木厚志と渡辺亮という組み合わせは今回が初めてでした。
小生にとっては気心が知れたメンバーでとてもやり易いし、自由になれるメンバーでもあります。

KAZUが病を克服してという特別の意味も今回はありました。

幸いにして、沢山のお客様に来ていただきとても楽しく演奏できました。

こういうバンドはあまりないので、今後も大事に演奏をして行きたいと思います。
このメンバーでレコーディングできればいいなあ。
ではでは

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盛り上る客席
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2010年02月18日

最近は・・・・・

皆様、今晩は。

前回のブログからすっかりご無沙汰してしまいました。
忙しいわけではないんですがね。

最近は、昨年からはまり始めたブラジリアン・クラシック・ソロギターとでも言うのでしょうか、このスタイルの練習に浸っています。

昨年来、ガロートの作品を練習しているのですが、以前にも書いたようにこの作家の作品は、モダンショーロとでも言える不思議な香りを漂わせています。
1955年没ということですから、ボサノバ誕生の頃には他界しているのですが、その誕生に影響を与えたと言われることもうなずけます。
ギターテクニック的にはかなり難しい部類に属するものと思います。

で、この流れから、最近はHeitor Villa Lobosの作品に興味が出てきて、譜面や音源の収集、練習に時間を割いています。
Heitor Villa Lobosは、ブラジルのバッハとも言われる大作曲家。
1959年没ですから現代作曲家と言えるかと思います。

クラシックギターの要素が強いので指使いとか姿勢とかが正しくないと弾きこなせない部分が多くあり、またこれが一番重要だと思ったのは、曲を全て覚えないと弾き切れないのではないかということです。

テンポが遅い曲であれば譜面を見る余裕はあるのですが、ミディアムテンポ以上の曲になると譜面を見る暇がない。
ただ、練習に時間がかかるので1曲仕上がるまでには大体全部覚えてしまうようではありますが。

テクニックとか色々と難しい要素はあるのですが、一番難しいと思ったのは最後まで集中力を途切れさせないというメンタルなことですね。

ソロでやっていると補完し合うという事ができないので、最後まで楽曲を完成させるという集中力をいかに保つかということが難しい。
ミスをしないということでは必ずしもないと思うのですが、この辺りもどうなんでしょ。

バンドでやっていてアドリブの多いスタイルであれば、ミスはミスでなくすることもできます。(明らかなものでない限り。)。
ソロ演奏でも、即興スタイルであれば同様です。
また、意外なところから新しい展開がでてくるのは即興の面白さであるし醍醐味であるともいえます。

即興演奏が、ミスをせず譜面を忠実になぞっていくクラシック音楽のアンチテーゼとして位置づけられているのも、クラシック音楽の息苦しさ、ストレス等々からの脱却だったと考えられてもいますね。
更に、フリージャズでは、テーマ、コード進行からも脱却しようとしました。

こんなことを考えると、何で今更緊張を強いる音楽スタイルをやるのかとも思うのですが、ギター的にものすごく美しい音楽だからということは言えると思います。

バンドやソロで即興的なスタイルで演奏しているときは、スポーツでチームプレイを楽しんでいる、会話を楽しんでいる、あるいは自己表現を楽しんでいると言った心持ち。

緊張や集中を継続させるクラシック的な演奏をしているときは作品を完成させるための持続感の維持。
クラシック音楽の会場では客席が静まり返っている、固唾を呑んで見守っているというのは演奏者の集中力を妨げないためということもよく分かります。

しかし、即興の場合はお客様の反応はすごく大事ですから、反応があったほうが嬉しいわけですし、良い演奏も出来ます。

なかなか言葉で表現するのは難しいのですが、今後はライブでもこういうスタイルの演奏を取り入れて行きたいと思います。

ま、多少のミスは大目に見てやってください。

ではでは

2010年01月08日

GRETSCH

皆様、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

世の中、不況ということで、ここのところライブのお客様の入りもあまりよくはありませんが、地道にやっていくしかないでしょうね。
今年は少しは上向くといいですね。

さて、我が娘、昨年高校に進学し、お祝いに廉価版エレキギター7点セットを買ってあげたのですが、軽音楽同好会に入ってバンド活動を始めました。
今風のロックだと思いますが(的確な言葉が見当たらない。)、まあ熱心に練習しており、それにつれて廉価版エレキギターでは満足できなくなってきたようで、確かに廉価版は形こそストラトタイプですが、作りやピッチそして何よりも音がそれなりで入門者モデルとうなずけるものです。
これで飽きてやめてしまうかもしれないので、初めはこの程度のものでよいとしても、真面目に練習していくとなると、どうしてもきちんとした楽器を持ちたくなるのは道理です。
新しい楽器が欲しい、しかも自分のお小遣いを貯めてという話なので、それは自分のお金をどう使おうと基本的には自由なのですが、一本目のエレキギターを買ってからまだ1年未満というところが親として気にはなります。

自分のことを考えると、高校時代にエレキギターというものを手に入れたのは、確か高2の頃に友達から買った国産のどこのメーカーか分からない大中古フルアコ。
無骨な作りで弦を張り替えるたびに切れる恐怖心と戦っていたような気がします。
そんなものは、本番(文化祭とかですね。)で使えるわけもなく、友達のエレキギターを借りて弾いていました。
まともなものを手に入れたのは、大学に入ってから。
ひょんなことから、ギブソンのフルアコ175(70年代の作)を手に入れることが出来たのでした。それまでは、初代のクラシックギターのみ。
そんなことを考えると、贅沢かなあとは思ったのですが、我々の頃とは時代が違います。
憧れだったフェンダーやギブソンも比較的廉価で手に入る時代です。
メーカーのブランドそのままに廉価版を制作しているためですね。
これらはフェイクではありません。
真面目に練習している姿やその上達の具合を見ると、きちんとしたものを買うことに同意してもいいかなと思ったのでした。
で、指南役として楽器選びに一緒に出かけました。

場所は、いつもの中古屋。

ここは最近エレキギター部門も充実しているようで、なかなかにいいものがあります。
予算を聞いていたので、その範囲で選ぶわけですが、聞くとアームがついたものが欲しいと。
ギブソンの中古SGなんかでアームが付いたものもありますが、彼女がいっぺんで気に入った楽器がGRETSCHのレスポール型。
ただし廉価版のERECTROMATICというもの。
まあこれもれっきとしたGRETSCHではあります。
GRETSCHといえばギブソン、フェンダーとならぶ名門ブランド。
カントリーミュージックのイメージ、特にチェット・アトキンス、がありますが、フルアコやセミアコの名品を有する老舗メーカーです。
ギター選びの場合、絞って絞って大体最終的にお目当ての2本から選ぶことになるわけですが、今回のもう1本はギブソンのレスポール型中古リペアモデル。
決め手は、二点でした。
一つはアーム付きが欲しいという希望。
そして最終的には生音の良さと生音の大きさ。
GRETSCHのアームは独特のデザインがあってとても粋なのです。
通常、レスポール型というのはソリッドギター(ボディが箱ではなく中味が詰まっている形)ですから、電気を通さない生音というのは小さいはずなのですが、このギターは生音が良く響きます。
こういうものはアンプを通しても音が良いわけで、ここが決めてでした。
いつの間にか小生がギター選びに熱中してました。
で、GRETSCH購入。
とても重い楽器だから肩が凝りそうですが、ミュージッシャンは体力だから体を鍛えましょう。

購入後は隣のタイ料理店でお昼を食べて帰宅。
練習を耳にしていると、やはり音がいいですね。
そしてピッチがあまり狂わなくなった。
当分はこの楽器を愛器として精進してください。

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ではでは

2009年12月24日

「鉄路の記憶」 その1

皆様こんばんは。

今年、このブログに記した飯田線のことや、過去の記録、記憶を辿ると、小生が鉄道好きということが自分として再認識されてきました。

断片的な記憶として思い出して話題とすることはあります。

いわゆる「てっちゃん」的な話題として。

しかし、今年参加したJR東海さんの「佐久間レールパーク」の仕事で味わった、昔の車輛に乗ってみた想いを考えてみると、鉄道というものは自分が生まれ育った時代と地域の空気と一体となって心の中に残ったレールではないかと思われるのです。

これから、若干の時間をかけてその「自分が生まれ育った時代と地域と鉄路」の関わり合いを記していきたいと思います。

題して 「鉄路の記憶」

不定期連載になると思いますが、小生が生きてきた時代の空気を鉄路の記憶と共に見直したいと思って記します。

興味がある方はお読みください。


第一章  「シマはどこね。」


この言葉を聞いたのはもう何年も前、沖縄は鳩間島へ行き始めたことだった。
「シマ」という言葉は、日本語では島である。
しかし、八重山ではうまりじま、生まれた島、生まれた土地、すなわち、故郷のことだった。
沖縄が大好きだった僕は、東京です(当時は、八重山と沖縄の違いも意識していなかった。)と言うのが少し恥ずかしかった。

昭和30年生まれの僕は、東京都品川区武蔵小山に生まれた。
実際に生まれた場所は、品川区五反田の関東逓信病院である。
その当時の大人のサラリーマン(父親)の月給はどのくらいだったのだろう。
たぶん1万円には及ばなかったと思う。
子供心には分からないが。

武蔵小山は、東急目蒲線の目黒から二つ目の駅。
日本でも最長とされるアーケード街で有名な街である。
その頃の目蒲線の記憶はない。
記憶があるのは、住んでいた武蔵小山の下駄履きアパート、母親に連れて行って食べさせてもらったアーケード街の中のラーメン屋、アパートの階段から三輪車で転げ落ちたこと、そして銭湯くらいだろうか。
   
何年か後にこの地にまた戻って、青春時代を過ごすなどということは当然想定外だった。

昭和30年代というのは、終戦直後の時期から朝鮮戦争特需を経て、日本が高度経済成長の急速な波に乗っていく時代だった。

父の社宅であった武蔵小山の下駄履きアパートも、弟が生まれ、家族が増え、時代が変わることによって住環境は変わっていった。

父親の転勤、家族構成の変化によって僕等の生活の場も移動していった。
生活の場所が転々と変わっていくのである。

次に引っ越したのが世田谷区経堂。

この頃から鉄道の記憶が残り始めている。
小田急線、ロマンスカー。
昭和33年。
母親に連れられて小田急のロマンスカーのチャイムの音を聴くのが楽しみだったことをおぼろげに記憶している。

当時の小田急の普通電車は上半身が黄土色、下半身が藍色だっただろうか。

しかし、後で記憶を遡った鉄路の原風景は、母方の両親の家だったような気がする。

戦後まもなく、東京に居を構えた母方の両親の住まいは、新宿の東大久保の造幣工場(日銀のお札を印刷する部門であったような気がする。)、現在で言うと新宿区戸塚の近くであった(記憶が確かではないが。)。

庭を都電が掠めて行った記憶がある。

昭和30年代だから、上半身が黄色、下半身が茶色。
当事は、路面電車華やかなりし時代で、新宿や神田、御茶ノ水、郊外といわれた中野まで都電網が張り巡らされていた。

また、記憶があるのが、池袋を基点としたトロリーバス(架線から電気を供給する電動自動車。)。
現在であれば、いわゆる「エコ」の見本だったんだろうな。
これらの記憶はおぼろげながらだ。
都電の記憶は鮮明に残っている。
行先表示と行先番号だ。
須田町、月島、中野坂上・・・・・53,61,27(番号とは合っておりません。)
都内を縦横無尽に都電が走っていたっけ。
「月島」ってどんなところだろうな。「須田町」ってどこだろう。
行先表示にはそんな想像力をかきたてるものがあった。

あの時代、物理的にも経済的にも容易に遠くへ行けなかった時代。
心を湧かせる未知の土地への憧れを抱かせる象徴が鉄路だったのかな。
(続く)

2009年12月10日

冬の遠刈田ライブと常磐ルート

皆様 こんにちわ。

先週の土曜日は、宮城県遠刈田温泉の喫茶店「キャロル」で単独ライブを行なってきました。

遠刈田温泉といえば、毎年6月の第一土曜・日曜に行なわれる大道芸フェスティバルに参加させていただいていますが、今回は単独。
一つには、大道芸でも演奏する喫茶店「キャロル」は、広くて演奏しやすく、なおかつとても音楽的な空間で、この場所で落ち着いた雰囲気の中で演奏してみたいとかねてから思っていたこと。
また、寒い季節の遠刈田温泉の佇まいにも興味があったこと。
これも大きい要素ですが、土・日高速1000円てやつですね。
あと、大道芸の際はとても忙しくて演奏をじっくり聴く機会がない遠刈田温泉の皆さんに楽しんでもらいたいという気持ちが以前からあって、これらと時期的なタイミングがあったということでしょう。

今年は、まだ本来の冬らしい寒さが来ていないこともあって、道路の心配もさほどなく順調に到着。
これも、大道芸の際には混んでいてゆっくりと楽しむ余裕が無い鴨そばをじっくりと堪能。
夜はあいにくの雨となりましたが、野外イベントではないので心配はありません。
お客様は、地元の方々、旅館に宿泊している観光客の方々、仙台からも仲間が駆けつけてくれて、楽しい一夜になりました。

沖縄でもソロ・ギターでツアーをしてきて、最近はこのスタイルも気に入っているのですが、ごまかしが効かないまたは延々とごまかせるというところが難しい。
クラシックギター的には前者、その他的には後者で、この両者のバランスも考えなければいけません。
前者ばかり気にしているとブラジルスタイルのノリが失われてしまうし、そうかといって後者ばかりというのもだれてしまうし。
正味2時間。
最近良くやる作曲家別特集みたいなプログラムです。
そしてアフターアワーは、酒解禁のセッションタイム。
これが楽しみでもあります。

アフターアワー・セッション
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思っていたとおり、喫茶店「キャロル」という環境での夜のライブがとてもいい雰囲気を創ってくれました。
準備をしてくれた遠刈田の皆さんに感謝します。

翌日は、とても良い天気。
今回は別ルートで帰ってみようと考えていまして、つまり常磐ルートです。
東北道だと、宮城・福島・栃木・群馬・埼玉・東京・千葉と帰ってくるのですが、今回のルートは、宮城・福島・茨城・千葉と簡略化されます。
で、日曜日1000円のうちに水戸まで移動してあとは一般道で行こうと。
月曜日に戻ればいいので、途中、水戸で一泊することにしました。

14時頃出発して水戸着は17時頃。
その日は疲れもあって早々に就寝、翌朝は6時起きで、30分ほどで行ける那珂湊漁港へ。
ここは茨城県でも有数の魚市場で、水揚げ直後の新鮮な魚が安く手に入ります。
早朝の市場の活気も楽しく、なんだかわくわくします。

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これで1200円
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朝食と買い物を楽しんで、8時半頃出発。
前夜休息を十分にとったので今朝は快調です。
国道51号はあまり信号もなく、大洗・鉾田・鹿島を通って利根川を渡り千葉県へ。
途中、原子力開発機構と鹿島サッカースタジアム近辺は特に道路が良くなってました。

鹿島スタジアムの偉容
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利根川沿いのバイパスを走って印西市から南下して帰宅。
のんびりと走っても昼前には到着できました。
天気が良かったので、鹿島灘の海が太陽に輝いていて、海から離れてもぽかぽか陽気で気持ちのよい帰路でした。
このルートは初めてでしたが結構いいですね。
というわけで、今年は二回目の遠刈田温泉。
来年もこんな展開を更に発展させると面白いだろうな。
ではでは

2009年11月11日

Garoto

皆様、こんばんは

9月頃からかなりはまっているのが、Garoto(Annibal Augusuto Sardinha,1915~1955)の作品です。

元々、名前は聞いたことがあったし、作品もそれとなくは耳にしていましたが、きっかけは、Gente humildeという曲を演奏したくなって、作曲家を調べたことからでした。

この曲自体、シンプルで歌詞も美しく、示唆に富む素晴らしいものなのですが、これを機会に気になっていた作曲家、Garotoを知りたいと思いました。
で、例によってyou tubeなどで色々と調べてみたのですが、あまり多くはないのですがある程度の演奏家の映像が出てきます。
わりとポピュラーなLamenntos do morroは、有名なRaphael Rabelloの演奏があります。
また、一節だけ知っていて、この美しい曲は何という曲だろうと常々気になっていた曲はTristezas de um violaoだということも判明しました。

そこで、これらの映像・演奏を元にコピーを始めました。
耳コピなので時間がかかりましたが、時間がかかるものはできるようになる頃には全部覚えてしまっているので、結果的には演奏しやすくなります。

Garotoの作品は一般的にはショーロとしてくくられるようです。しかし、様式こそ似ていますが、内容、特にコード進行や、和音の構成は、小生が今まで知っているショーロとは異なるものです。
一言で言ってしまうと、モダンな感じです。

例えが適切でないかもしれませんが、デキシーランドジャズ、スイングジャズのスタイルのジャズギタースタイルに対して、ビ・バップ以降のジャズギタースタイルがモダンギターと言われたような。
Garotoが天才的なギタリストであったということで、どうしてもギターという範疇でとらえてしまう感覚になってしまうのですが、作曲家的にはきっと違うとらえ方があるのでしょう。

作品は小生の好みにとても合っています。
いわゆるショーロと比べて、モダンジャズ的なコード解釈とでも言うべき調べが流れています。
と言うよりは、ドビュッシーの名前を関した作品があることに象徴されるように、現代音楽の影響を強く受けている気もします。モダンジャズもドビュッシーをはじめとした現代音楽の影響を受けているとされるのが一般なので、その香りが漂うのでしょうか。
この辺りがボサノバのきっかけになったといわれている所以かもしれませんね。

色々調べているうちに、Garotoの作品の代表的な演奏を納めたCDを手に入れることが出来(The Guitar Works of Garoto、PAULO BELLINATI)、また幸運にもこのアルバムに収録されている作品の約半分の譜面を手に入れることが出来たので、しつこく練習しています。
やはり、コピーより譜面があったほうが何倍も時間は節約できます。

ギターテクニック的にはかなり難易度が高い部類に入ると思います。
左手の動きがかなりきつい場面が多々出てきます。
クラシックギターにはありがちなのですが、最終的にはこれをブラジル音楽のグルーブに乗せるわけですからかなり大変。当然譜面を見ていては追いつかないので、全て暗譜ということになります。
もっとも、譜面を見ないで弾けるからその譜面が書けるのかということは必ずしもそうはならないので、暗譜というのは適切ではないのかもしれません。
クラシックギターの場合は、左指の置き場所が次の音の流れに影響してくるので、特に和音を押さえる場合ですね、親指以外のどの指で押さえるのかすごく重要な問題になります。
行き当たりばったりの押さえ方では破綻してしまうので、全体の設計図を把握して細かなところから作りこんでいくという作業が必要で、この辺はジャズとは異なるところでしょう。
逆にジャズは、行き当たりばったりが面白いし、そこから新たな展開が生まれたりしますね。

なんだか精密機械あるいは複雑な模型を組み立てているような作業ですが、スムーズに行くようになってグルーブが得られるようになってはじめて音楽として聴かせられようになるわけですから大変な作業ではあるわけです。ま、その分やり甲斐もあるわけで。

それにしても、Garotoは40歳と若くしてなくなっていますが、天才というのは年齢に関係なく業績を残すものですね。

Garoto自身のギター演奏というものは確認できません。
もしあればとても聴きたい。

あと、願わくば残り半分の譜面を手に入れたいですね。

ではでは

2009年10月16日

JR飯田線と佐久間レールパーク・完結編

皆様、こんばんは

10月10日~12日のJR飯田線・佐久間レールパークツアーを終えました。
これで9月からやってきた全日程を終了です。

この三連休は行楽日和の好天に恵まれました。
お客様も相当に来場されました。
11月1日が閉園なので、徐々にお客様も増えているようです。

石垣にいたとき、台風17号、18号が日本に近づきつつあり、18号の影響が本土に及ぶ前に帰ってきたのですが、その1日後、18号は愛知県に上陸、丁度飯田線沿いを北上し、飯田を通って本土縦断ルートをたどりました。

大丈夫だったのかな。土砂崩れや架線切断で不通になっていたりしないのかなと思っていましたが、その旨の連絡もないので無事だったんだなと。
そういえば、佐久間ダムに行ったとき、この辺りは地盤が固いので工事に大変苦労したことを聞かされていましたので、地盤の固さもあるのかななどと推測したり。

さて、三連休は、絵に描いたような秋晴れ。
温度も上がって日中は暑かった。
9月に5日間やっているので、要領は得ています。
駅名も結構覚えたし、景色のイメージもわきます。

ピアノの形をした店舗、楽器屋さんでしょうね。車窓から。
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10日と12日の相方はfl.の石井幸枝さん、11日はtb.の堂阪智之さん。
お二人ともイベントの趣旨をよく理解してくださって、お互い楽しく演奏できたと思います。

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台風の影響と言えば、レールパークのステージの屋根が飛んでしまってなくなっちゃったことと、ついでにステージにしている平台も飛んでいってガラスを割ったとか。
どこのガラスだったのかな。
列車かしら。
屋根は、あまり日除けの効果はないのかなと思っていましたが、あるのとないのではかなり違いました。
炎天下、真夏のような暑さでした。
聞けば、この中部天竜という土地は、暑さ、寒さが極端なのだそうで、それもうなずけます。
特に11日の日曜日は暑かった。
この日だけで来場したお客様も4800名と賑わいました。

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この連休は、レールパーク1号2号の他に更に臨時列車のレールパーク91号92号も出ています。
自由席は立ってるし。
お子様連れの方、家族連れの方も多いのですが、いかにもマニアという感じの方も多々いらっしゃいます。
3日間いらっしゃるので顔を覚えちゃいますよ。
9月にもいたような気もするし・・・・・・・。

しかし、マニアの方というのは奥が深いですね。
車輛の写真を撮るのはよく分かるのですが、車輛のビスの写真ばかりを撮っている方もいらっしゃいます。
これはどういうコレクションあるいはこだわりなんでしょうか。

10月になると乗れる公開展示車両(車内に入れるということです。)が変わり、実はこれも楽しみだったのですが、モハ52形という戦前、京都・大阪間を36分で走ったという当時の代表的高速電車です。
フロントがとても優美な曲線を描いていて、モダンなデザインですね。

モハ52形
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車内も落ち着いた感じ。

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モハ52形の運転室。ここには入れません。
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お昼休み等の空き時間は涼しく寛げる空間を求めて、付近を散歩したりしていましたが、結局この車両の中が風が通ってとても気持ちが良くて、座席に座ってついうとうととしたりしていました。
年配の方が座席でにんまり。なんだかとても良い表情をしていたのが印象的でした。

涼しい空間、近所の吊橋。通学路になっています。
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吊橋から川を臨む。
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鮎目当ての釣り人もいっぱいいます。
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吊橋の上からでも見える魚。この大きさは鯉ですかね。
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相変わらず、JR東海の職員の方は大車輪の活躍で、本当にお疲れ様です。
11月1日の閉園までは土日祝日は泊り込みで仕事だそうですから頭が下がります。
応対や案内も丁寧で、なんだかJRの職員を見直したなあ。失礼・・・・・

鉄道に特に興味のなかった石井幸枝さんの感想が印象に残りました。
「今まで全然意識していなかった駅員さんとか鉄道の人達の一人ひとりの顔に注目するようになっちゃった。」

わかります。
どんどん合理化、機械化され、コンピューターによる制御がますます進んでいく鉄道にあっても、これを動かしているのは伝統を受け継いでいる鉄道マン、人間なんですよね。

そんな鉄道マン根性を体感できた貴重な体験でもありました。
参加いただいたミュージッシャンの方々、そしてJR東海の方々、ありがとうございました。

豊橋のホテルからの夕焼け。あまりにきれいだったので。
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2009年10月09日

2009年、恒例秋の沖縄・八重山の旅

皆様、こんばんは

久々の筆者近影
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ここのところ偶然に旅づいていて、豊橋から帰ってきてすぐに沖縄・八重山行きです。
もっとも、この時期の沖縄・八重山行きはもう十数年続いていて小生の中では外せないもので、沖縄・八重山との出会いの原点みたいなものです。

今回は、ソロギターでの演奏旅行にとばらーま大会と鳩間島行きがテーマ。
とばらーま大会は旧暦八月の十三夜と決まっているため、台風シーズンのこの時期に行くことになります。

始まりは那覇は桜坂の「サクレ」でライブ。
昨年までは東町にあった、グランドピアノが入ったクラブでしたが、今年から桜坂に移転。規模をうんと小さくしてBARになりました。野毛の「タイム」に似たとてもよい雰囲気です。
普段はジャズがかかっています。
P.A.なしの生ギター一本で演奏するのには演奏者にとってもお客様にとっても丁度よい環境です。
ママの美可さんはとっても狭いからと心配してくれていましたが、「タイム」で慣れているので、とても気持ちよく演奏できました。

この距離感
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美可さんの唄も相変わらず雰囲気があって素敵です。

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何時も思うのですが、経験的にも東京にこんな魅力的なボーカリストはあまりいないと感じています。
多くの人に聴いてもらう機会があればいいなあ。
ソロ演奏は、ごまかしが効かない反面、ごまかしが効く部分もあるわけで、つまり創造的な展開に持っていってしまえば、ミスっても共演者がいないので上手く展開できる可能性もあるのですが、ある部分が抜け落ちたりすると怖い。よく、真っ白になるなんて言いますけど、一人の場合はそれが怖い。
もっともそういうことを恐れていては、難しい曲は何時までたっても人前で演奏することは出来ないので、どんどん行くしかないわけです。
今回は、バーデン・パウエルの作品、ガロートの作品、ショーロの有名曲、ボサノバの有名曲、皆で乗れるサンバの曲とある程度絞り込んで演奏してみました。
約2時間ほどの演奏でした。

翌日は、おなじみの玉城は玉々庵。
お客さんには民泊中の修学旅行生も。
春にお会いできなかった陶芸家でサックス奏者のテツオ氏も参上。
アフターアワーセッションもいつもどおり楽しかった。

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ユラリンという不思議な楽器、余韻が響く。
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テツオ氏の作品も小生宅に着実に増殖しています。
とても家族に受けがよいのであります。
特にシーサーのマスコット的な作品の顔が本人を彷彿とさせてとてもよい。

そして翌日は石垣島へ。
このあたりから、台風17号、18号がはるか彼方に発生します。
ステラにて再会を祝して飲みます。
翌29日に鳩間島へ。

鳩間の朝日
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まずは、皆さん元気にやっていることを確認。
ただ、小学生1名、中学生1名でやっていた鳩間校の中学生1名が小生の乗ってきた船で帰ってしまうということで、この先の鳩間校がとても心配されます。
そして、明るいニュースは「特定非営利活動法人 南の島々・守り隊」というNPOを立ち上げて、ゴミ処理施設を中森のちょっと先に建設し、ゴミの分別回収、発泡スチロール等の再資源化に取り組んでいることです。

処理施設
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焼却炉
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発泡スチロール等の分別
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随分前から、ゴミは穴を掘って捨てるということを繰り返していては将来ゴミの島になってしまうと議論していたので、とても素晴らしいことだと思います。
きれいな道路や立派な体育館よりこういう施設の方がよほど望まれる施設だと思います。
ゴミは以前のように学校による回収ではなく、NPOによる分別回収に切り替えられました。
今後軌道に乗せていって欲しいものです。

そういえば、あのバラス島が今は見えません。なくなっちゃった。

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何処にいったんでしょ。
そのうち出てくるだろうとのことですが、去年初バラス島ライブをやった者としてはちと寂しいし、あそこを中心としてダイビング案内をしている人達は困るでしょうね。
しょうがないですがね。

島の浮き桟橋の周りは、今、ミジュン(カタクチイワシ)の群れで黒くなっています。
群れが移動するところを追いかけて釣る(餌はいりません。)のに島人は夢中。
10cmほどの体長ですがとてもよく釣れる。
へたくそな小生でも釣れるくらい。
刺身、てんぷら、酢の物とこれがとても美味しいのです。
暇があれば、釣竿にバケツです。
なにせ「気持ち悪くなるくらいいる」(K.U.氏の表現)んだから、ぼーっとしているよりはおかず獲りに精を出します。
夜は相変わらず、母屋で飲み会+童謡・唱歌大会。
おじいの伴奏をつとめますが、歌集を忘れてしまったので歌詞が続きませんね。
友人のM.H.棟梁も仕事で在島しているので一緒に飲みましょね。

二日間は晴れたり降ったりでこの季節にしては涼しい感じがします。
二つの台風の影響が徐々に出てきているようです。

春は十分にコラボできなかったピアニスト、ターキーも元気で、主人一時不在のソバ屋の切り盛りと付属の「ターキーズ・バー」なるスペースを営んでいます。
夕方になると下に行ってピアノを弾きます。
何かそんな動物いたような気がする。

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10月1日のとばらーま大会は見たいので、1日の夕方の船で石垣に渡って2日のライブを終えてからまた戻ってきて、3日の十五夜を鳩間で過ごしたいし、4日の結願祭も体験したいなと思っていましたが、台風17号の影響が出てきて、明日からしばらく欠航になるだろうとの予想。
島人のこういう予想はまず間違いなく当たるので、一旦は荷物を石垣に引き上げます。
船も上げ始めて、台風の準備も徐々に進んでいます。
M.H.棟梁も仕事を中途で片付けて石垣へ引き上げです。

10月1日のとばらーま大会は、晴天。
十三夜の月の下、真栄里公園の野外ステージで行なわれました。
ここは二年前から始まった場所で、広くてとても気持ちがよいのです。
出場者23名。
知り合いのH.H.氏は優秀賞でした。

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10月2日のパパビゴーヂのソロライブはお客様の都合もあって、三部構成。
一部はバーデン・パウエルの作品、ガロートの作品、二部はショーロの有名曲、ボサノバの有名曲を中心に、そして三部は石垣のサンバチームの仲間をバテリアに加えて皆で乗れるサンバの曲と。
お客様も満員で、最後はノリノリのステージになりました。

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ソロも続けてやってくると慣れてくるもので、また逆にここがまずい、ここが練習不足だという部分もはっきりと見えてきます。
必ずしも、事前に予測していたことと違うものが見えてくるのが面白いですね。
そして翌日は、案の定欠航。しばらくは欠航だろうということで鳩間へ戻ることは残念ながら断念しました。

いい天気なので伊原間のたいらファミリーや野底に移住したTさん宅を訪れたりします。
偶然同じ宿に泊っていたのが、古くからの音楽仲間である鈴木亜紀さん。
十年ぶりくらいの再会でしょうか。
彼女は、4日にスケアクロでライブがあるのです。
今晩、十五夜の夜は台風の影響で天気が悪く、月は出ませんが、それでも各家庭や地区で月祭り・観月会が催されます。
定番行事ですから。
いつもお世話になる、T校長先生のお誘いで白保の棒術を亜紀さんと見学に白保地区へ。
これは神様に奉納する神事で無形文化財になっており、2名1組で10組登場しました。
棒だけでなく鎌なんかも使いますが、型とはいえ二者がかなり接近して演じられているので間違えば当たってしまうし怪我もするでしょうからとても真剣です。
一から四の演技まであり、三、四は集団で演じられるもので、見ていて飽きない流れが感じられました。
個々の出し物から段々激しくなっていき最後はクライマックスから収束に至る、変な例えかもしれませんが、花火大会を思い出してしまいました。

入場
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さて、神事の後はぶがりなおしですが、これが公民館に付属している豪華野外ステージでの十五夜のど自慢大会。

上等なステージ
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飲みながらの流れですから、無礼講。
亜紀さんと小生も参加、仲良く鐘二つの賞品はボックスティッシュ3箱、台所洗剤、大根でありました。
演目は二人とも当然演歌ですよ。
ぱらぱらときますが追い風方向の大きいフクギを背にしているのでたいしたことはないし、地元の人に言わせると「タコの小便」というすぐ止む雨です。
同じグループで飲んでいたTさんが最優秀賞に輝き、更にお祝いするために皆でTさん宅へ。

最優秀
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おうちでも各自唄を披露します。

T校長の鳩間中森
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亜紀さんもアカペラでオリジナルを披露。皆を魅了しました。

ピンボケでごめんね。
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夜半、帰り道は大雨。これはもろに台風の影響でしょうね。
明け方雷注意報が出て、翌日曜日に予定されていた運動会は中止になったところが多かったようです。

その日曜日、昼間はいい天気。
午後からばんな公園で行なわれた石垣サンバチームの練習へ。
とても広い空間なので思い切り叩けます。
着実にメンバーの質・料とも高めていきましょう
そして鳩間でブレイクしましょうね。
次はあそこの芝生を行進してみたいですね。

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こやつらもすぐに活躍出来ると思います。
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夜は、亜紀さんのライブを聴きにスケアクロへ。
昔はブラジルものもやっていた時期があって、その頃からオリジナル指向だったと思いますが、今はオリジナル一本、立派なものです。
唄もメロもとても面白いもので、特に歌詞が大人の女の心情を語っていていいですね。
内向きな陰々としたものでないところがいい。
小生は自虐的で自己愛的な歌詞はきらいなので、好感が持てました。

翌朝亜紀さんと小生だけがお気に入りのGにて朝食。
彼女は翌日から那覇・鹿児島・宮崎の旅を続けていくとのこと。
よい旅を続けてください。
また会いましょね。

さて、八重山にもそろそろ台風の影響が出てきて微妙な感じです。
17号は相変わらず台湾の南に停滞し、波の高さに影響を及ぼしています。上原・鳩間は今日も欠航。
小生の戻りのチケットは6日の火曜日ですが、18号の影響がそろそろ心配になってきます。
まだ動きは遅いようで、7日あたりから空の影響が出そう。
ということで、5日の夜はお世話になったパパビゴーヂで最後の乾杯を。
来年の春の鳩間島音楽祭に向けて石垣チームも頑張ろうということになりました。
6日の航空機は問題なく運行しました。

その後、これを書いている時点では18号は大変な台風になりましたね。
でも実は明日から18号が上陸したルートに近い豊橋・中部天竜第二段なのです。

今年も、無事に秋の八重山・沖縄行きを楽しむことが出来ました。
お世話になった皆様、ありがとうございました。
特に、一週間もお世話になった楽天屋の皆さん、本当にありがとうございました。
お庭のパパヤー、とても美味しくいただきました。

2009年09月26日

さよなら佐久間レールパーク第一弾

皆様、こんにちは。

9月19日から23日までのJR飯田線・佐久間レールパーク閉園記念イベントの演奏第一弾に行ってきました。
まずは率直な感想を述べると、自分が抱いていた、東海道新幹線に代表される正確無比なJR東海という大企業のイメージとはかなりかけ離れた、手造りでゆるくほのぼのとしたイベントでした。
遠刈田大道芸フェスティバルや鳩間島音楽祭の手造り感にとても似ているような気がします。
JR東海の職員の方々や地元の皆さんの熱意が伝わってくるイベントです。
すなわち、小生的にはとても好ましいイベントで、楽しませていただきました。

豊橋発8時28分、臨時列車の佐久間レールパーク1号に今回の相方、ts. ss.奏者の浅川宏樹さん、JR東海のスタッフと乗り込みます。
この佐久間レールパーク1号という車輛が117系という、普段飯田線を走っていない車両で、しかも中央のラインがデビュー色の茶色に塗られているという珍しいもので、写真を撮る人達でいっぱいです。

佐久間レールパーク1号
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この列車内で豊橋・本長篠間の停車区間4箇所で演奏します。
1回につき2~3曲、列車交換のためドアが開かない場所が二箇所、停車駅でドアが開く箇所が二箇所です。
ドアが開かない場所というのは、お客様(満席です。)もちょっと退屈してしまうので演奏は喜ばれました。
子供達の反応がいいですね。
撮影者多数。

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約2時間かけて終着の中部天竜駅に着くのですが、演奏している間はあっという間。
演奏が終わると、列車は湯谷温泉駅からの山岳ルートに入っていきます。
鄙びたいい雰囲気の温泉街、天竜川支流のきれいなこと、見所がいっぱいあって、仕事でなければ、途中下車してのんびり過ごしてみたい駅多数。

長篠城跡
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車窓から天竜川の支流
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そうこうしているうちに終着の中部天竜駅に到着します。

中部天竜駅
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中部天竜駅とレールパーク号
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佐久間レールパーク
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10時30分頃、レールパークはお客様で賑わっています。
この列車に乗り込むこと、そしてレールパークにいることは、テッチャン全開でOKなのです。
誰にも遠慮することなく写真撮りまくり。
プチテッチャンを自認する小生(車輛系です。)には佐久間レールパークは本当に楽しめました。
実車が展示してある、しかも一部の車輛には入れるし、オハ35形という客車は、ピアノ演奏を楽しめる食堂になっていたりします。
小生は特にクモハ12形が大好きで、昔の省線電車と言われた車輛ですね。

クモハ12形
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無骨な茶色の姿はとても美しい。
この型は昔山手線を走っていました。
それから東京から離れていったのですね。
中に入ることが出来ました。

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基本的に内装は木で出来ているんです。
丸い照明、扇風機、油が塗られた床等が郷愁を誘います。
もちろん冷房はありませんね。
座席に座ってうつらうつらしていると、目を開けたら昭和30年代に戻っているんじゃないかとの幻想を抱かせてくれます。ありがちな設定ですが。
オハ35形の客車は、若かりし頃、上野駅から東北方面へ長距離で乗っていったタイプです。
座席の片方の下に缶を差し込んで寝やすいようにしたり。

オハ35形の客車内では新幹線の現役運転士によるピアノ演奏があって、お弁当を購入して聴くことができたり、夕方からはビールおつまみセットと混みで聴くことができます。
CDも出していたりするかなり上手い方です。

オハ35形の車内
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そういえば、あの頃の電気機関車の懐かしい警笛の音を117系(佐久間レールパーク1号です。)は出してくれるんです。懐かしかったなあ。
中部天竜駅での発射の合図音は、なんとSLの汽笛です。

他にも興味深い車輛が沢山あります。

ラッセル車が何故か展示してありますが、飯田線には使うことはなく、高山線と東海道線関が原近辺でしか使わないものを、わざわざこのイベントのために持ってきたそうで、これもファンの人気は高い。

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モハ52形
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キハ48000形
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119系デビュー色
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Nゲージ
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プラレール
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プチテッチャンの小生はとても楽しんでいますが、演奏をしなければいけませんね。
野外ステージで11時と13時30分の二回です。
P.A.はありませんが、十分に聴こえる環境です。
アンプでギターだけ若干増幅しました。
お昼を食べながら聴いているお客さんが殆どですが、真剣に聴いてくれるお客さんもいます。

3日目と4日目はJR東海のブラスバンドが対バンでした。
都市対抗野球の応援なんかに駆り出されるそうでチューバやバリトンサックスも入った本格的なものです。

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地元の方達による手造り料理も販売されていて、これが安くてとても美味しかった。
こんなところは遠刈田大道芸と似た雰囲気です。
全体的に好天に恵まれて、汗ばむ陽気でしたが、特に二日目の日曜日は朝から晩まで雲ひとつない快晴。
この日は、JR東海職員の計らいでレールパークに程近い佐久間ダムを見学させていただきました。
昭和30年代前半に出来た巨大ダムです。
この付近は岩盤がとても固く工事も難航したそうで、当時の苦労が偲ばれます。
ユンボやパワーシャベルも国産はなくて、輸入したそうだというので驚き。
絶景であります。

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ダムの上から
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ダム湖
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5日間、中部天竜と豊橋を往復し、すっかり駅の名前もなじんでしまい、車窓からの美しい眺め、平野部では刈り取り前の稲の美しさ、山間部ではダイナミックな川の景色等々堪能しました。
しかしこの区間の飯田線はほんの一部で、全線198km、駅数は94駅あるそうで、駅の表示にも全駅書ききれないようです。
中部天竜駅という昔ながらの駅の雰囲気を堪能して、JR東海職員の皆さんの熱意を強く感じた6日間でした。
JR東海職員の皆さん、ありがとうございました。
初めは、飽きるかなとも思っていたのですが、とても楽しくあっという間に過ぎた6日間でした。
最後に、豊橋名物という餃子を食べてから帰路に着きました。

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来月10日から12日までの3日間もやりますよ。
ではでは

2009年09月02日

2009年浅草のサウーヂ

皆様、こんばんは

今年も恒例、浅草サンバカーニバルです。
我がサウーヂ(小生が所属しているチームです。阿波踊りの連と同じと考えればよいでしょう。)は昨年、スタートと同時に豪雨に見舞われ、始まってから10秒でずぶ濡れ、衣装は崩壊するわP.A.は飛ぶわ等々の散々な目にあいましたが、今年は好天。
夏の蒸し暑さもカーニバル気分を盛り上げてくれました。
涼しいこともあるのですが、いまいち気分が盛り上りません。
やはり暑くないとね。

今年のサウーヂのテーマ(エンヘードと言います。)は「横浜開港150周年を讃える」です。
サウーヂは横浜のチーム(エスコーラと言います。直訳すると「学校」という意味です。)ですから、今年はこのテーマになりました。
このテーマに即して曲が創られ、大道具、小道具、そして演者達(パート別に「アーラ」と称されます。)の衣装が決められ、お客様が定点から見、聴きしていてテーマを感じることが出来るような構成にしています。
つまり、動くミュージカルのようなものなのですね。

浅草サンバカーニバルは、規模、参加人数、スタイル等ブラジルのそれのコンセプトに最も近く、日本では最も本格的なものと言えるでしょう。

結構、「サンバカーニバル」と言うと勘違い的なイベントが全国に多々あるもので・・・・・・・。

ブラジルのそれは、リオのものが有名ですが、サンパウロとかサルバドールとか色々な街にそれぞれのカーニバルがあるのは、世界中の祭と同じです。

しかし、その準備に1年間をかけ、かつ生活の大半をカーニバルに供してしまうその情熱と熱気は尋常ではありません。

浅草に参加するチームも、特にサウーヂを含め大規模チームは、チーム体制の決定、テーマの決定から表現コンセプトの確立、全体像の創造、作詞、作曲、パレード細部の決定、制作、練習日程の作成、演出、人集めそして練習等々、ブラジルと同じくほぼ1年かけて行ないます。
目標が浅草だとしたら、ここにつぎ込む費用を捻出すべく営業活動も行ないます。
普通の社会人が行なっていくわけですから並大抵のことではありません。
本番直前になると目が血走ってくるものです。

そんな努力が結集されたものが浅草に集約されていると感じながら各チームのパフォーマンスを見ると、より総合芸術として感動できることと思います。
我がチームは昨年が天候に当たられて不運だったのに比べ、今年はトラブルもなく順調に演技することが出来ました。
小生は、楽器は担当せず「アルモニア」(ハーモニー、調和ですね。)と呼ばれる隊列の調整役でここ数年間は参加しています。
充実感のある、とてもよい約300名のパフォーマンスでした。

コンペにはなっているのですが、小生は順位にあまり興味がなく、悔いの残らない演技が出来たかどうかが、私的には毎年の指標になっています。

ま、写真をご覧あれ。
演技が始まってしまうと写真を撮る暇はありませんから、スタート前に限られています。

皆さん、ご苦労様。
本当にお疲れ様でした。

プシャドーリス。唄と弦楽器隊
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アレゴリア。いわゆる山車です。黒船のイメージです。
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アレゴリアを押す人々。縁の下の力持ちー別名:奴隷
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開港のコミッサゥン・ヂ・フレンチ。パレードの先頭を飾るアーラです。
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西洋文明発祥のアーラ
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ガス燈です。これは大変な被り物です。暑い。苦労が偲ばれます。
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馬車のアーラ。馬車道にちなんだのかな。
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写真機のアーラ。西洋文明でしょう。これも大変です。
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バイアーナ。中華風ですね。細かい細工を見てください。
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飲茶のアーラ。本当に中華になってきました。
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中華学院校友会。本格的な旧正月の演技。龍の舞。素晴らしかった。
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獅子(演技前なので上半身と下半身に別れていますが)の演技もとてもよかった。
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バテリア(打楽器)隊の勇姿
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ポルタバンデイラ(チームの象徴である旗を持つお姫様)とメストリサラ(相手役のナイト)
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