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サンバ アーカイブ

2007年08月22日

REBENTO

皆様、こんばんは

夕陽のコントラストが凄かったので
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梅雨明けが遅れて当初の猛暑予想が撤回されたと思ったら、連日続く35度以上の猛暑日に参っている方も多いでしょう。
ご自愛ください。
最近演奏している曲で歌詞が気になっているナンバーが、ジルベルト・ジルの「REBENTO」という曲です。
弾きながら歌っているのですが、意味を聞かれることもままあり、小生の少ないポルトガル語の知識でも、何となく、男と女とか恋とか愛とかの内容ではない気がして(通常歌詞によく使われる単語があまり出てこない)、全体から受ける印象と70年代後半のジルベルト・ジルの作品ということから、トロピカリズモを背景とした政治的な歌詞を含んでいるのでは、みたいなことでお茶を濁していたのですが、最近やっと訳が手に入りました。
当たらずとも遠からずというところでしょうか。いや、遠いか。
今回は、この歌詞を引用しながら進めてみます(ジルベルト・ジル作、国安真奈訳)。
まず、テーマであるREBENTO(ヘベント)ですが、英訳ではSHOOTとなっていますが、日本語訳では
「REBENTO(芽)
 それは抽象名詞
 ある行ない 創造 そしてその時
 神だけが知っている 大空に輝く新しい星」
と来ます。
「抽象名詞」の文法的意味はよく分からないのですが、文字通りアンチ具体性とした方が面白そうなので、REBENTOは具体的なものではないと解釈しました(間違っていたら指摘してください。)。
そして、
「生まれくるものはすべて REBENTO(芽)だ
 生まれ 育ち 成長するものはすべて 芽 だ
 大地に咲く花のように明るい芽  風にたなびく麦のように豊かな芽」 と成長的、肯定的な印象で進みます。そして、
「しかし時にREBENTO(破裂する)は単なる直接法現在形(indicativo)」と怪しくなってきて 
その後は
「歯をむき出し唸る犬を繋ぐ鎖のように   働く農夫の両手のように 
 時に原子炉の事故のように危険な   時に私はいらいらしてREBENTO(爆発する) 
 時に私はたんに生命力に溢れているので爆発する」と来ます。
確かに芽だからゆくゆくは実をつけて最後には破裂するという意味づけも可能かなという気もしますし、あるいは新星も最終的には爆発して消滅するんですよね。
しかし「直接法現在形(indicativo)」の意味は何なんでしょう。
別に意味付けする必要もないかもしれませんね。
現代国語の時間じゃないんだから。
最後のサビ的な部分は
「REBENTO それは落胆を前にした 条件反射
 REBENTO それは苦しみの一撃に 攻撃を叫ぶ心
 REBENTO 森にこだまするこの雷鳴 そして 今この瞬間の 音の無限さ」
ということで結んでいます。
はじめに抽象名詞と言っているので、REBENTOの具体的意味づけを放棄して、心象スケッチを進めるための道具や触媒と見ていいのだとすると、例えばREBENTOが「ん」でもいいのかもしれません。
ジルベルト・ジルの前向きではあるが穏やかならぬ当時の心象風景を描いたとでも言うことができるのでしょうか。
もうちょっと考えてみたいですね。
こういう硬派な詩は好きです。
日本語訳を読んだときは、西脇順三郎の「あむばりわりあ」やT.S.エリオットの「荒地」を思い出してしまいました。
こういう作品に曲がついても面白いでしょうね。
その昔、70年代に活躍した日本人のフリージャズピアニスト、原遼さんはその後ハードボイルド作家になって、「そして夜は甦る」とか「天使たちの探偵」など、チャンドラーに対するリスペクト溢れるハードボイルド小説を発表しました。
日本の探偵小説の中では第一級品の硬質な文章で、ピアノスタイルと通じるところがあると思いました。
大好きな作家です。
何故かこんなところに想いが飛んでしまいました。
ではでは

2007年09月07日

秋の気配

皆様、こんばんは
浅草サンバカーニバルに参加された方、お疲れ様でした。

晴れ姿
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毎年、これが過ぎると秋の気配がしてきます。
先日、幡ヶ谷の「sem nome」のライブでゲスト参加していただいた小林夫妻の夫君、小林正勝氏は、小生が約20年ほど前、saudeに初参加した頃のタンボリンの師匠であります。
細君の美子さんは、名スルド奏者であると共に、saude内のポルトガル語講師もやっておられました。
当時は大変厳しい師匠で、課題をこなせなければ即、ビーク(クビですね。)だったような記憶があります。
初めて見る目には、タンボリンのあの回し打ちが神業に思えました。
タンボリンは音が大きいので、家で練習するときもタオルを巻いて、なおかつ押入れの中で音を出していました。
お蔭様で、タンボリンだけは今でも真似事くらいはできるようです。
2年ほどタンボリンで参加していましたが、それ以降は実はギタリストであったことがばれて、ギターでの参加になっていきました。
でも実はタンボリンのフレーズというのは、サンバやボサノバのギターのバチーダ(右手の刻むリズムパターン)と通じていて、ギタリストとしては、タンボリンを勉強しておいてよかったなと思っています。
楽器に関しては当時から厳しい雰囲気はありましたが、浅草(ここではサンバカーニバルの事を指します。)に関してはずいぶんと緩かった気がします。
浅草当日、まだ元気だった乃津のマスター(浜幸と並ぶ野毛名物の焼き鳥屋のマスター。
数年前に彼が亡くなってから店は閉めてしまいました。)が、灯油で動いていると噂された、三菱のジープ(乗る度にどこかに機械油が付いちゃうんですよ)に業務用ビールサーバーやらBBQセットやら食材やら満載して、一方、浜幸のマスター(野毛名物、馬鹿鍋屋「浜幸」のマスター、彼も乃津マスと同じ年に他界されましたがお店は健在です。)は秘蔵の日本酒やら、ここぞとばかりの大盤振る舞い。
アレゴリアの製作とかその他色々進む中で、境内でsaude用青空フリー(振る舞い)居酒屋を開店していました。
この充実振りは他のエスコーラを寄せ付けないダントツ1位でした(断言できる。)。
他のエスコーラの連中も飲みに来ていたし。
確かな記憶ではないのですが、ジープのボンネットの上で肉を焼いたこともあったような気がしますね。
確かな記憶としては、ボンネットの上で直接目玉焼きを焼いたことはあるようです。
今となっては考えられない大らかさでした。
その後O-157が問題になってから、こういったことは自粛するようになっていきました。
また、浅草の運営自体もこういうこととは相容れないスタイルになっていきました。
時代の流れでしょう。
浜幸のマスターや乃津マスもいなくなっちゃったし。
ただ、私的には、野毛の場末的(失礼!)猥雑さと大らかさとだらしなさと優しさは浅草という下町の雰囲気に合っていたような気がします。
たぶん今でもそうだと思うのですが、正月の真昼間の浅草六区は、一度訪れていただきたい猥雑さで、観音様のご利益と同じくらい幸せになれそうなありがたさです。
ではでは

2008年09月01日

雨柱のヂスフィーレ

皆様、こんばんは

8月最後の土曜日は、恒例の浅草サンバカーニバルでした。
小生は、もう10年ほど前からここでは楽器を演奏するのをやめて、裏方のお手伝いをしています。
今年は、天候が不安定で、突然襲ってくるゲリラ豪雨が全国的に話題になっていました。

小生は、エスコーラ(横浜のSAUDEです。)活動から遠ざかっていますが、今や、エスコーラ・ヂ・サンバも第二世代の台頭が顕著になってきました。
うちの子供、中三女子は学校が受験に配慮して部活が暇になったのをよいことに、今年はアーラで出場するんだということで熱心に準備を進めてきました。

当日、予報は一日雨ということでしたが、朝はまずまずの天気。
浅草で雨に降られたというのは、もう何年前でしょう。20年近く前かもしれません。一回ありました。
ただ、このときは出走直前にスコールが来て、衣装も、P.A.もぼろぼろになってしまいましたが、出走時には止んでいました。
それでもとりわけ想い出に残っています。

今年は強烈に残るでしょうね。
スタートからゴールまでSAUDEだけ計ったような豪雨の中のヂスフィーレ!!!
小生は、アーラの整理役なので、全体を把握することが出来ました。
演技者、演奏者は自分の周りしか見ることができません。

出走15時25分までは、まずまずの天気でした。
ただ、それまで時々南東方向から雷雲が湧いてきては時々雨を降らせていました。

出走直前、豪雨に見舞われる前の姿です。
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出走スタンバイ完了で、前唄を始めたそのときにヂスフィーレのルートである馬道通りの北の方が雨柱で煙っています。
これは沖縄でよくある天気で、雨が固まりになって移動するのが良く見えるのです。
しかも段々通りをこちらの方へ近づいて来る。
あ、これは来るなと思った瞬間からもう豪雨。
以降ゴール地点前まで思いっきりの豪雨。
羽はペショーンとなってしまうし、衣装は剥がれ始めるし、楽器は水浸し、とにかく全身水浸し、そのうちP.A.も駄目になって。
こうなったら開き直るしかないですね。
シャワーの中のヂスフィーレを如何に楽しむかということに尽きますね。

P.A.が駄目になった時点で、エンヘードは聴こえなくなり、隊列の前後は、遠くのバテリアの音を頼りにするしかなくなったのですが、もしもこのとき、全員の生声によるエンヘードが大音量で聴こえていたら、順位はともかく、最高に気持ちよかったでしょうね。
それはなかなか難しいことですが。

技術的にということではなく、全員で唄うということが日本人にはなかなか難しいという意味です。
多少音は外れていても、問題はないのですが。
何百人の中に混じってしまえば却っていいハーモニーに聞こえますよ。
その点だけは残念でしたね。自分を含めて。

ともあれ、45分間、豪雨の中で集中力を途切れさせることなく、ゴールしたSAUDEの皆さん、素晴らしかったです。

豪雨の中のゴール
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元々自分的には採点に興味はないのですが、やはり気にする人も多いと思います。
昔から、公正な採点はどのようにすればできるのか、実行委員会の中でああだこうだ、ずーっと議論してきていますね。
そのような曖昧な採点をどう評価するかは人それぞれでしょう。

そんなことより、小生は、きちっと準備して、それだけに、今までの準備が不意になってしまいそうな豪雨で気持ちが落ち込みそうな中、それでもへたることなく最後まで皆が出来る限りの演技、演奏をして立派にゴールしたということが最高だと思います。

最良の環境の中で気持ちよく演技、演奏できましたというのだけが最高ではないでしょう。

ということで、今年は、SAUDEの皆さんにとっては特に心に残るカーニバルだったと思います。
最良の環境というのはすぐ忘れてしまいますから。

SAUDEは横浜を拠点とする、エスコーラ・ヂ・サンバ(サンバ学校の意味)。
入るも出るも自由ですから、サンバの原点であるCARNAVALのサンバについて知りたい、そして楽しみたい方は、是非どうぞ。
小生に連絡していただいてもOKですよ。
ではでは

2009年09月02日

2009年浅草のサウーヂ

皆様、こんばんは

今年も恒例、浅草サンバカーニバルです。
我がサウーヂ(小生が所属しているチームです。阿波踊りの連と同じと考えればよいでしょう。)は昨年、スタートと同時に豪雨に見舞われ、始まってから10秒でずぶ濡れ、衣装は崩壊するわP.A.は飛ぶわ等々の散々な目にあいましたが、今年は好天。
夏の蒸し暑さもカーニバル気分を盛り上げてくれました。
涼しいこともあるのですが、いまいち気分が盛り上りません。
やはり暑くないとね。

今年のサウーヂのテーマ(エンヘードと言います。)は「横浜開港150周年を讃える」です。
サウーヂは横浜のチーム(エスコーラと言います。直訳すると「学校」という意味です。)ですから、今年はこのテーマになりました。
このテーマに即して曲が創られ、大道具、小道具、そして演者達(パート別に「アーラ」と称されます。)の衣装が決められ、お客様が定点から見、聴きしていてテーマを感じることが出来るような構成にしています。
つまり、動くミュージカルのようなものなのですね。

浅草サンバカーニバルは、規模、参加人数、スタイル等ブラジルのそれのコンセプトに最も近く、日本では最も本格的なものと言えるでしょう。

結構、「サンバカーニバル」と言うと勘違い的なイベントが全国に多々あるもので・・・・・・・。

ブラジルのそれは、リオのものが有名ですが、サンパウロとかサルバドールとか色々な街にそれぞれのカーニバルがあるのは、世界中の祭と同じです。

しかし、その準備に1年間をかけ、かつ生活の大半をカーニバルに供してしまうその情熱と熱気は尋常ではありません。

浅草に参加するチームも、特にサウーヂを含め大規模チームは、チーム体制の決定、テーマの決定から表現コンセプトの確立、全体像の創造、作詞、作曲、パレード細部の決定、制作、練習日程の作成、演出、人集めそして練習等々、ブラジルと同じくほぼ1年かけて行ないます。
目標が浅草だとしたら、ここにつぎ込む費用を捻出すべく営業活動も行ないます。
普通の社会人が行なっていくわけですから並大抵のことではありません。
本番直前になると目が血走ってくるものです。

そんな努力が結集されたものが浅草に集約されていると感じながら各チームのパフォーマンスを見ると、より総合芸術として感動できることと思います。
我がチームは昨年が天候に当たられて不運だったのに比べ、今年はトラブルもなく順調に演技することが出来ました。
小生は、楽器は担当せず「アルモニア」(ハーモニー、調和ですね。)と呼ばれる隊列の調整役でここ数年間は参加しています。
充実感のある、とてもよい約300名のパフォーマンスでした。

コンペにはなっているのですが、小生は順位にあまり興味がなく、悔いの残らない演技が出来たかどうかが、私的には毎年の指標になっています。

ま、写真をご覧あれ。
演技が始まってしまうと写真を撮る暇はありませんから、スタート前に限られています。

皆さん、ご苦労様。
本当にお疲れ様でした。

プシャドーリス。唄と弦楽器隊
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アレゴリア。いわゆる山車です。黒船のイメージです。
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アレゴリアを押す人々。縁の下の力持ちー別名:奴隷
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開港のコミッサゥン・ヂ・フレンチ。パレードの先頭を飾るアーラです。
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西洋文明発祥のアーラ
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ガス燈です。これは大変な被り物です。暑い。苦労が偲ばれます。
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馬車のアーラ。馬車道にちなんだのかな。
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写真機のアーラ。西洋文明でしょう。これも大変です。
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バイアーナ。中華風ですね。細かい細工を見てください。
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飲茶のアーラ。本当に中華になってきました。
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中華学院校友会。本格的な旧正月の演技。龍の舞。素晴らしかった。
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獅子(演技前なので上半身と下半身に別れていますが)の演技もとてもよかった。
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バテリア(打楽器)隊の勇姿
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ポルタバンデイラ(チームの象徴である旗を持つお姫様)とメストリサラ(相手役のナイト)
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