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第30回浅草サンバカーニバル・・・おめでとうエスコーラ・ヂ・サンバ・サウーヂ

皆様 こんばんわ。

夏の終わり、とは言えまだまだ猛暑は続いています。
8月の最終土曜日は、浅草サンバカーニバル。
このブログでも毎年紹介していると思います。

今年は、何故か写真がありません。ご容赦を。

小生が所属しているエスコーラ・ヂ・サンバ・サウーヂ。
結論から先に言えば、初優勝でした。
おめでとうございます。
小生も裏方として参加させていただきました。

小生は、1988年から参加しています。
優勝に近い時期もあったのですが、ほんの手前で逃げて行き、悔しい思いをしたこともありました。

ただ、今は現役を退き、裏方としてお手伝いしているだけですので、逆に冷静な感覚で眺めることが出来ます。

控え室で第一報を聞いた印象は、「信じられない。一位の上に最優秀賞でもあるんじゃあないの。」という感じ。
古くからいる人は多かれ少なかれこんな思いが頭をかすめたのではないでしょうか。

Carnavalのヂスフィーレ(パレード)というのは、音楽だけでは成り立ちません。
一般的にはきらびやかな衣装と賑やかで楽しげな雰囲気が注目されますが、実は、定点を動かないお客さんに対して、演者が動いて一つのテーマを見せて聴かせるという、いわばミュージカルのようなものです。
それは、小道具、大道具、演者の色々な役割、表現する衣装、踊り、音楽等々が一つのテーマを表現するために準備されます。
しかし更に大事なことは、それらがミュージカルやオペラではなく、元々、貧しい人達が1年に1回だけ与えられたハレの姿を演じることを許されるCarnavalの伝統、心に基づいているということではないかと個人的には思います。

単に、賑やかで派手で楽しいということだけではありません。
造り上げ、演じ、終われば戻ってこない・・・・saudadeの想い

これを造り上げるのはとても大変なことです。

まず、テーマを決めて、曲を作る。
それにしたがって、表現の方法、手段等を決めていき、道具、踊り、演奏その他諸々を具体化し、組織作り、ハードの制作、練習、現場の段取り、撤収まで、ハードからソフトまでイベントの全てを造り上げなければなりません。

当然、組織でなければできません。

小生が参加した頃のエスコーラ・ヂ・サンバ・サウーヂ(以下サウーヂと記載。)はまだ中規模のチーム、浅草当日、人数を掻き集めても100名はいってなかったと思います。

小生がサウーヂに参加したのは、ブラジル音楽に対する理解を深めたいという気持からでした。

その頃は、サウーヂという組織自体で何かするというのではなく、サウーヂ自体、ブラジル音楽と酒をこよなく愛する者たちの集まりだったので、お互いの知識を集め合ってそれを酒で盛り上げて音楽を楽しんでいくという中で、ブラジル音楽の楽しさやその深みを醸造していきました。
そこからパゴーヂが始まりバンドが生まれ段々と規模が大きくなっていきました。

結成当初から浅草にはエントリーしているとは思いますが、コンペに出るならば勝ちたいと思うのは人間の常。浅草の優勝を狙っていくようになります。

浅草サンバカーニバルというのは、全て持ち出しですが、やはり日本で一番大規模で本格的なものという権威もあったのでしょう。

この頂点を目指してから色々な葛藤が生まれるようになります。

簡単に優勝することは出来ないので、ああでもないこうでもない、規模が大きくなって組織立ってくると、いわゆる会社のようなしがらみも出てくるし、人間関係も・・・。
そんなこんなを嫌って去って行った人達も多数いました。

とても幸せな時間を過ごさせてくれた仲間達との永遠の別れもありました。

低迷した時期は(この時期が半端ではないのです。)、もう浅草の優勝を目指すのはやめよう、のみならずエントリーすることすら止めようというような議論もしたことがありました。
サウーヂらしさを失ってまで浅草で勝ちたくないとか・・・・・・・。
個人的には、これは今でも正しいと思っていますが。

でも、何とか乗り越えて、世代も変わって今年、25年目にして優勝。
感無量とでも言いましょうか。

昔のように馬鹿騒ぎして喜ぶ気分でもないので、こんな風に昔からのことを思い出しながら感慨に浸っています。

小生としては、サウーヂの伝統というべきもの、ブラジル音楽と酒をこよなく愛する者たちの集まりということかな、これからも大事にしていってほしいと思います。

サウーヂはもはや、組織としてでなければ動けないところまできましたが、本質はあくまでもブラジル音楽と酒をこよなく愛する者たちの緩い集まりでいてほしい(もちろん下戸でも大いに楽しめますが。)。
去る者は追わず来る者は拒まず。

昔、行き詰っていた頃こんな議論をしたこともありました。

「色々と問題は山積しているけれど、とにかく一度浅草で優勝するところまで行ってみよう。それからまた考えようじゃあないか。」

あれから十数年、ようやくここまで来ましたね。

目標を成し遂げたサウーヂの面々は本当に立派でした。
ご苦労様でした。

ではでは

コメント (2)

KIN:

板さん、今年もお世話になりました。
ホントに優勝ということを意識せず、自分たちらしいパレードをしたまでだったので、思わぬご褒美にむしろ呆然としていました。

「サウーヂはなくなってしまうのではないか?」という場面が何度もありましたが、必ずいつも支えてくれる人たちがいました。
そういう人たちが積み上げてきた25年があって、今年たまたま花開いたのだと思います。

きっとこれからも、酒とブラジル音楽を愛するサウーヂ気質は変わりませんので、末永くよろしくお願いいたします。

itarashiki:

現役から離れた人達は喜びをかみしめていると思いますし、放れていった人達はsaudadeに浸っているのではないかと思います。
これこそまさしくsambaですね。

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2010年08月31日 00:11に投稿されたエントリーのページです。

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