皆様、こんばんは
今回は、40数年ぶりにバンドメンバーが集まって1回だけのライブをやろうというお話です。
初めてバンドらしきものを組んだのは、中学校2年の頃。
その当時のメンバーが集まろうということで、先日再結成記念飲み会が開催されました。
当時、昭和44年~45年頃、バンドをやろうなどという小僧どもはちょっと不良っぽいという世評でしたが、そこが格好いいという部分がありました。
小生は、東京は小平市在住の頃、早熟な友達から中途半端にギターを教わったものの、中学1年の夏に大田区へ転校し、周りに音楽をやる環境がなくなってしまいました。
せっかく買ってもらったガットギターを廃品にしてしまうのももったいないと考えたのか、クラシックギターの通信教育を一人で始めました。
何の弾みかこれが一年でそこそこ弾けるようになってきて、そうするとうわさを聞きつけた同好の士とつるむようになってきます。
まだまだ楽器が高価な時代。金のない中学生は何かと苦労します。
まずは練習場。
これは幸いにも近所の広い邸宅に住むS君、しかもピアノもあるという、ここにすぐ決定。
元々小生が転校してくる前、彼らはピアノ、ギター、ベースでバンドをやっていたらしいのですが、そこに小生がスカウトされたということでしょうか。
ベースのY君は、当時中学生が持つには珍しかったであろうウッドベースを持っていました。
ギターのH君はエレキギターを持っていたような気もするし、オルガンも弾いていたような記憶もあります。
みんな裕福だったのかな
小生は、ガットギターのみ。
小生は別として、当時このような比較的恵まれた音楽環境に彼らがあったのは、兄弟の影響が大きいと思います。
兄貴のアンプやギターを使わせてもらったり、兄貴たちの楽譜を見せてもらったりする恩恵に預かるわけです。
手先の器用なベースのY君がビンのプラスチックのふたと金属の薄い板と画びょうで、ガットギター用のマイクを作ってくれました。これなどはピエゾマイクのはしりですね。
S君の兄貴のアンプを借りたら、憧れのエレキギターっぽい音になるではありませんか。
難点は、楽器との接点が画びょうなので、装着するたびに楽器に穴が開くことでした。
そのうちドラムも加わって、何とかバンドの体裁が整ってきました。
ドラムは持っている、あるいは用意できる人ならば誰でもウェルカムでした。
アンプやドラムセットはリヤカーで運んでましたね。
あのリヤカーはどこから調達したんだろう。
で、何を演奏していたかというと。
1970年あたりというのは、ビートルズはそろそろ解散の風が吹いていた頃、ストーンズはばりばり、クリームという新しいロックの傾向を示唆するグループがセンセーションを巻き起こし、反戦、反権力の政治的な影響が音楽にも強い影響を与えつつありました。ウッドストックフェスティバルという画期的な試みが行われたのもこの頃でした。
しかるに、脳天気な中学生は、まだそちらの動きについていけなかったのでしょうか、もう下火になりつつあった、いわゆるエレキバンド(ボーカルをフロントに置くグループサウンズなどとは違いますね。)、そのエレキバンド的アレンジによるバート・バカラックとかその周辺の曲をやっていたような気がします。
ベンチャーズはださいということで、むしろシャドウズに傾倒していたように思います。
イパネマの娘なんかも確かやりましたね。
小生は中学3年生あたりからはロックに傾倒して、サンタナやクラプトンやジミー・ペイジ等の新しい傾向のロックに夢中になっていったんですが、このバンドはロックになる前のエレキバンド的アレンジによるポピュラーミュージックとでも言うのでしょうか、ま、言ってみればぬるま湯的であまり不良っぽくないことをやっていたような気がします。
当時の大人受けするようで、山の手のお坊ちゃんみたいな、今から思うとあまり格好良くない。
その短いぬるま湯期間の後は紆余曲折。
皆それぞれの道を歩みました。
そして40数年。
再結成のきっかけは、H君が小生のライブに来てくれて、そこでひょんなところから話が出て提案したら皆の賛同を得てということですが、ドラムスは消息不明。
ま、他の4名が健在で、集まれる環境があるということの方がラッキーなわけですから。
よく、卒業間近になると疎遠にしていたクラスの仲間たちと急にコンパをやったり、旅行に行ったりというようなことがありました。
今回も、人生の中盤から終盤にさしかかるあたりでそんな気持ちになったのかもしれません。
自分たちや友人たちと振り返ることができるかもしれないと思うと共に、ベースのY君のご母堂(80代後半)の、そんなことがあるのなら私もそれまで元気でいたいとのお話を聞いて、そういうこともあるのかと、目からうろこでした。
しかし、これからが大変。
その過程を楽しめればいいでしょうね。
とりあえずは、今年の末か来年年明けにライブを目指して進もうと。
そのくらいの目標を立てないと動かないんで。
場所もある程度テンションが落ちない場所を考えるということにして・・・・・・・・。
あと、重要なのは女性ファンとバンド名ですね。
何といっても男子中学生のモチベーションは、「もてたい」。
何事もこれに尽きたわけで。
この辺をどう仕込むかは、現TVプロデューサーのH君の守備範囲かなあ。
ちなみに、ピアノのS君はベテランの整形外科医、小生も手やら足やら間接関係、いつもお世話になっております。
ベースのY君は手先の器用さが生かされてかどうか知りませんが、医療関係技師。
昔取った杵柄で音響面の面倒も見てもらいましょう。
小生はそのまま専門家で不公平かもしれませんが、音楽的な下働きをするということで許してもらいましょ。
しかし、こういう飲み会は時間が経つにつれ昔と変わらない話題になってくるというのは、お約束とはいえ面白いですね。
すなわち、当時の女子の話題。
誰が誰を好きだった、実はどうたらこうたらどうたらこうたら・・・・・・・・・。
何時になっても変わらないおばかな男どもでいたいものです。
そうだ、バンド名どうしよう。
さて、どうなることやら。
ではでは
40年前のモテモテ男たち


