8. ルアンパバーンからハノイ経由日本へ
2月9日
今日は帰国の日。
ルアンパバーン発が19時25分と遅いので、チェックアウト後も荷物をおいたまま17時半ごろまでゆっくり散策するつもりだ。
例によって朝は寒い。
でも早起きなのでまた托鉢を見ようと思って、まだ暗いうちから外出。
早朝の寺院

このホテルの前が托鉢のコースになっている。
前回の時より撮影する観光客が少なく感じられる。
この寒い時間帯にこの衣装は修業とはいえ大変だろう。
日中はちょうど良いかも。





朝食は前に行ってとてもおいしかったおかゆの屋台へ行く。
やっていた。よかった。
今朝は揚げパン(1個約10jpy)も食べてみる。
相変わらずおいしい。


シャワーを浴びてから散策に出かける。
まずは朝市を見て、真夏の暑さになる前に街の全部が見渡せる寺院に登ることにする。
朝の市場はとてもたくさんの店が出ていて活気があって楽しい。
沖縄の農連市場の雰囲気に似ている。
野菜、肉、魚、もち米、雑貨等々何でもありそう。
直売所マニアの小生には全く退屈しない場所だ。





これは仏様へのお供え物

中にはなんでこんなものを売っているのかわからない店も。

メイン通り屋台村から階段を上がって更に登って行く丘、Phousi Hillへ登ってみる。

頂上にはお寺があり、ここからルアンパバーンの全景が見渡せる。遠くに山々も臨める。

なかなかの絶景ポイントだ。
メコン川、カーン川に挟まれた街だということが良く分かる。
メコン川

カーン川



下に降りると真夏の太陽。
上から見たメコン川、カーン川との合流地点、即ち旧市街地の一番外れに行ってみる。
合流地点


茶色いメコン川と緑色のカーン川が合流している辺り、カーン川にとても粗末な木の橋がかかっている。


有料らしいが増水したら一発で流されてしまいそうな代物だ。
地図を見ると乾期オンリー、つまり今の時期だけということらしい。
ということは雨期になって増水したら流されてしまってまた毎年作るのか??
この川を渡らないと空港へ行けないのでちゃんとした橋はちょっと上流にある。
メコン川にかかる橋はなく、対岸へは渡し船だ。
木造船だが、車を乗せられるフェリー的なものもある。

寺院





ブラジル的ー西洋風ーな街並み



これはたぶん洗濯した僧衣を干しているのだろう。

リバービューの高級そうなレストランの芝の庭でお掃除ロボットならぬ芝刈りロボットが動いていた。
午後ホテルへ戻ってコーヒーなど飲んでいるうちに、5時に頼んだお迎えのトゥクトゥクが随分前にやってくる。
この国に来て時間前に来る交通機関は初めてだ。
空港まで50000kip。行きのタクシーと同じ料金だった。
日が傾いてきて秋の気候になってくる。重ね着を準備する。
今日の空港は客が多いような気がする。
だからかもしれないが、行きと違って今日はジェット機。
「I love Laos!!」と言って空港職員と抱き合っている白人がいたりする。
気持ちはわかる。
きっと楽しい経験をしたのだろう。
ここまで日本人と会うこともなく、日本語を聞いたこともなかった。
夕暮れのルアンパバーン国際空港

ジェット機

1時間ほどでハノイ・ノイバイ空港着。
機から降りると・・・・・・・寒い!!!
トランジットの客はほとんどいない。
今日のハノイの係官の女性は美人で感じが良い。
0時半頃の成田行きだから、ここで4時間ほど過ごさねばならない。
退屈な時間。

4階でネットや読書をしたりして過ごす。
ここは空いていていいのだが寒い。
適当な時間に搭乗口のある3階へ降りていくと嘘のようにごった返している。
搭乗が立て込んでいるらしい。
日本人団体観光客の日本語がわーっと聞こえてくると何だかがっかりしてしまう。
この空港の搭乗案内の訳の分らなさも相変わらずで、気をつけていないと逃しそうだ。
今夜は中部空港行きと成田空港行きがほぼ同じ時間帯にあるらしく、しかも遅れているらしくややこしい。
遅れているとのアナウンスなどはない。
ベトナム航空、約5時間半のフライトで成田空港着は2月10日朝。
これが1日早かったら大雪で道路も閉鎖、電車もストップで成田空港で足止めだったということだ。
運が良かった。
ラオスという国は行くまでは全く印象がわかない国だった。
実際に行ってみて特に産業といった産業はない農業国で、観光が重要な産業である印象を受けた。
経済的には貧しい印象だが、人々はのんびりしていて人なつっこくて優しかった。
隣国ベトナムの経済的活況、それを下支えする人々の経済的積極性とは対極にあるように思えた。
社会主義体制だがそれが表立って出てくることはないし、体制にかかわらず仏教に対して信仰の厚い国でもある。
今回、ルアンパバーンからノーンキヤウ、最終目的地のムアンゴイまで行って帰ってきたわけだが、一番印象に残っていることと言えば、何といってもムアンゴイ村での宴会の一日だ。
よそ者しかも外国人を暖かく迎え入れてくれた村人達の度量の広さには恐れ入るし、優しさには感謝だ。
あの一日を境にラオスという国に対する印象が大きく変わった。
それは民族とか体制とか経済とか宗教とかではなく人間に対する印象だ。
もしも民族とか体制とか経済とか宗教の違いで国がぶつかり合うことがあるとすれば、直接にぶつかり合わなければならないのはこういう人達とだ。
それはいやだ。
難しい形而上的な対立も最終的にはこういう生の感情に直面して簡単な答えが出る。
しかしこの答えは重要だと思う。
民族、体制、歴史、経済とか宗教は事前に勉強できても、実際に行ってみて分ったことは人だった。
何だかムアンゴイ村での宴会を最終目的として行ったみたいになってしまった。
してみると、日本→ルアンパバーン→ノーンキヤウ→ムアンゴイの道程は東京→那覇→石垣→鳩間とよく似ている。
しかも最後は船でしか行けない。
というわけで、思わぬところに思わぬ出会いがあった今回の旅だった。
ラオスがとても好きになった。

