久々の筆者

皆様、こんばんは
4月30日は八重山入りです。
新石垣空港は来年3月竣工予定ですから、来年の音楽祭は新空港に降り立つことになるんでしょう。
つい先日梅雨入りということでしたが、まずまずの天気。
気温湿度とも低く涼しい感じだった沖繩から来ると汗が吹き出してきます。
さて、本日は例年のとおり、鳩間島へ行く前にパパビゴーヂでライブです。
ITA e KAZUのパパさんでのライブは二年ぶりです。
今年は、本土からのサンバ系参加者が多く、今日あたりから石垣島に集結し始めています。
今回パパビゴーヂ初参加は、パーカッションのGさんと、フルート、ダンサのHさんです。
とても楽しんでいるようです。
すっかりおなじみになった島のお客さまも多く、リラックスした雰囲気で進みました。







明日は鳩間入りです。
5月1日も良い天気
しかも北風中心で、日差しは強いけれど乾いた爽やかな風が吹いている感じでこの時期にしてはとても過ごしやすい気候です。
今日から5日午前中まで鳩間島で自炊集団生活です。
ここに来るとやはり雰囲気は一変します。
出会う人々は挨拶を交わすし、少ない車も全て誰のものかわかる。
全て人が歩く範囲内に生活があります。
物は少ないけれどそれなりに美味しく食べることや、楽しみを見つけることや、生活の中でいろいろと工夫することを考えるわけです。
ちなみにらっきょうの皮むき、これは手間が掛かります。

都会生活で身についた生活の贅肉を削ぎ落とす感じ。
ただし、今回は人数が多いので事前の食料調達の準備はまずまず。
欠航のため波照間島観光から帰ってこられない2名を除いて本日の「瑠璃」宿泊者は5名です。
ある日の夕食。今年は自炊の食事の記録を残してみたくなりました。

夕食後は例によって勝おじいを囲んで飲み会です。
勝おじいもおばぁもお変わりなく元気でなによりです。
年が年ですからおじいはちょっと足に不自由がくるのはやむを得ませんが、相変わらずの威勢の良さと見事な歌。
いつも圧倒されます。
三色パスタの朝食

鳩間島で変わったところがあるとすれば舗装道路が増えたことでしょうか。
今までは舗装道路が4本ほどしかなかったところが、新たに東西の道路で舗装路が増えました。
観光の人は情緒がないと言うかもしれませんが、放っておけばすぐに雑草に覆い尽くされて掃除をするのが大変な道ですから、ある程度は舗装したほうがよいとは思います。側溝も綺麗に整備されるし。
ただ、透水性舗装とか簡易舗装とか、周りと調和する整備の仕方の方が良かったとは思います。
ある日の昼食

今年の北海岸、この日は晴れているのに海上に霧がかかっています。

いつも笛の練習をしている青鳩

普段の夜は、我々もおじいも最近は飲んでもあまり過ぎることはないようで、適当に切り上げます。
5月2日も良い天気。
午前中から島にいる人みんなで会場の準備をします。純手作りなもんで。
この日には明日の日帰りの人を除いてメンバーがほとんど揃いました。
今年は音楽祭に出演するようになってから10年目、ということだからではないと思いますが、始めて参加するベテランのサンビスタ達もいてステージは結構賑やかになることでしょう。


群れからはぐれてしまった子ヤギを保護。翌日のヤギ汁にはならなかった。

ある日の昼食

今夜は前夜祭。
昨年の美味しい酒を飲みすぎてしまい前夜祭を寝てしまったという苦い経験を反省して、ほどほどにして前夜祭も楽しく過ごすことができました。
今年は天気が良いので前夜祭も音楽祭会場で行いました。
やはり外は気持ちが良い。
5月3日音楽祭当日も晴れ。
梅雨入りはどうなったんでしょう。
日帰りのメンバーも早い便で到着して入念な打ち合わせ。




もちろん恒例でなおかつ一番盛り上がる勝おじいの太鼓も参加することになっています。
今年のお客さんは約1000名というところでしょうか。
午前中で会場の広場はいっぱいになっています。
いつもどおり日差しは強いのですが、北東の涼しくて乾いた風が吹いていてとても過ごしやすい気候です。
鳩間小中校のステージ

当日になって決まる我々の出番は10番目。お昼過ぎの良い時間帯です。
ただしここでは出番が早まったりすることは当たり前のようにあるので、早めのスタンバイが肝心です。
始まってしまえばあっという間。
天気も良いしメンバーも充実していてP.A.等のステージ環境もよくとても気持ちの良い演奏でした。











タカボーのステージ。彼の作詞作曲による「鳩間の豊年祭」はとても好き。昨年までは体を壊していたけれど、ここまでステージをこなせるようになって良かった。

これも恒例。鳩間オールスターズ

まもなくフィナーレ

桟橋の見送りバンド

午後4時の桟橋でのお見送りまでいつも本当にあっという間です。
送り出してお客さんもいなくなった桟橋にわざわざ一艘来てくれた高速船に、昨日到着した友人Yさんの奥さんと幼子2人だけ乗って来島できたのは船会社あっぱれというべきでしょう。
その夜は後夜祭。
島に残っている人たちだけの無礼講の音楽祭です。
エントリーは誰でも出来ます。
今晩も天気が良いので野外ステージです。
見送りが終わった頃から、何だかんだ打ち上げ的に飲み始めて、後夜祭後半頃から記憶が怪しくなっています。
後夜祭が終わってからも、各家々で宴は続きます。
何軒か訪問した記憶はありますが、何をしゃべったかとか細かいところは曖昧。
ここのところ毎年5月3日の夜はしょうがないのでしょうか。
粗相はなかったようで一安心。
今年は天候に恵まれました。
5月4日は曇りがちで時折雨もぱらついて肌寒いくらい。
朝起きたら、洗面もそこそこに会場の後片付け。
力仕事です。終わればぶがりなおし(打ち上げ)。
昼食はぶがりなおしで大量に残った焼きそばを赤すばにしてしまいました。

とても甘い西表島産のパイン

時々桟橋へ見送りに行ったり、あとは何をしたか覚えていないくらいのんびりと過ごします。
この1日がとても良いのです。
夕方からは、ピアニスト、ターキーも加えてパゴーヂというか食卓音楽会。



今夜は浦崎家所蔵の電話帳ほど厚い歌本(歌謡スナック御用達)があるので日本の古い歌やおなじみの童謡もどんどん出てきます。
いつもながらの楽しい一夜。
5月5日は例年梅雨入りだったりしてあまり天気は良くないのですが、今年は朝から雲ひとつない青空。暑くなりそうです。
5月5日の朝食


お別れの唄

今日の伊原間音楽祭は久しぶりに良い天気が期待できそう。
そして、今度は我々が送られる側になります。
桟橋のお別れというのはいつもながら独特の感慨があります。
勝おじいが握っている白いタオルがいつまでも振られていました。
(つづく)

