旅立った友人へ
ターキ
君は今はどうしているだろうか。
後世で旧知の音楽仲間たちとセッションをしているんだろうか。
凄腕のピアニストがやってきたと、皆喜んでいるのかな。
11/25の金曜日に僕は君に会いに行った。
昔の想い出や忙しかった那覇・松山のクラブ時代の頃を語り合ったね。
あまり喋りすぎると酸素吸入器の世話になった。
君が目を閉じたので疲れたのだろう、眠ったのかな、そろそろ失礼しようとすると、君は目を開けて引き留めるように話し出した。
もう夕食の時間だから失礼しよう、君は「板さん、明日も来れるかい。無理だろうな。」と寂しそうな顔をした。
僕は「明日は無理だけれど、また必ず来るから。」と言って辞した。
元気そうだったから少し安心したのだけれど、翌週水曜日11/30の朝に旅立ったとの知らせが。
あまりに早い旅立ちだった。
君と初めて会ったのはもう何年前だろう。
僕たちが鳩間島音楽祭に出始めた14年前に遡ってそれから間もなくだろう。
当時君の長兄は鳩間島の重鎮で、すぐ上の兄は沖縄から鳩間島に戻ってきて商店を始めた頃だった。
鳩間島の家庭にただ1台だけあったアップライトピアノから粋なメロディが奏でられていた。
演奏者が君だった。
当時、君は那覇の松山のクラブでピアニストをしていて、行事の時に鳩間に帰って来ていたんだ。
音楽祭の頃だと思う。
人なつっこい君と初対面で意気投合。
ギターとピアノでセッションを重ねたり、音楽談義をしたり、楽しい時間は尽きることがなかった。
そしてよく飲んだね。
君は筋金入りのクラブピアニスト、軍歌から歌謡曲、ジャズ、ラテン、民謡まで何でも弾けた。
しかもエニーキー・OK。
そして独特の節回しは昭和を象徴するようなピアノだった。
あんなピアノを弾く人はもうどこを探してもいないだろう。
当時のクラブの話題も楽しかったね。
凄腕のピアニストは女の子にもおおもてだったんだ。
そうだ。
君は唄もうまかったね。
浦崎家の兄弟は皆うまかった。
君たち兄弟が、約束事もなく自然にハモっているのには僕はあっけにとられるばかりだった。
君がピアノを弾いていた那覇の松山のクラブにも遊びに行ったことがあったね。
君は夕方から翌朝まで何軒か店を掛け持ちしながらピアノを弾き、歌唱指導をし、大層忙しそうだった。
それでも快く案内してくれた。
でも、忙しさと不規則な生活からだろう、顔色も悪く痩せていた。
それから何年かして那覇の生活を整理して鳩間島に戻ってきたんだ。
それからは僕が鳩間に行くたびに会えるようになった。
生まり島の生活に戻ってからは、君は顔色も良くなって健康になったようだった。
色々と面倒なこともありそうな島の人間関係があっても、誰にでも愛される性格の君は島のみんなから愛され、慕われていた。
僕の仲間たちが音楽祭に参加するようになって君と知り合って、皆、君のことが大好きだった。
僕たちは音楽祭が終わって戻る前、5月5日の君の誕生日祝いをすることがとても楽しみだったんだ。
「みんな、こんなに嬉しいバースデーはなかったよ。」と喜んでくれたね。
君の笑顔が素敵だった。
そんな笑顔が見たくて毎年やったんだ。
昔話も随分したね。
兄弟で末っ子の君は、朝起きたら井戸へ水を汲みに行くのが日課だったと言っていたね。
電気も自家発電。
電話もない。
でもその頃から、君はピアノを弾き始めたんだ。
長兄も音楽家だったし、すぐ上の兄貴も音楽は達者だし、君たち兄弟は戦後昭和の沖縄の音楽世界を駆け抜けたんだ。
セッションをしていない時は君と音楽のこと、殊に沖縄の民謡、八重山の民謡、鳩間の民謡について、そしてジャズやたまには女の子のことも語り合ったね。
とても優しい性格の君は、ともすれば激しい性格の島人達の板挟みになったこともあったようだけれど、皆の君への親しみは変わることはなかった。
音楽祭に来島し、あの独特の君のピアノが公民館の方から聴こえてくると、ああ今年も帰ってこれたと思ったんだ。
もうこれからは聴けないんだね。
ああ、どうしてこんなに早く旅立ったんだい。
今年、すぐ上の兄貴から旅立ちが近いと聞かされて冗談だとばかり思っていたよ。
余計な気を回してほしくなかったから仲間には伝えなかった。
左手が多少不自由になっていたピアノを弾きながら、歌い手にダメを出す姿に音楽家の厳しさを見たのは、まだ数か月前だった。
琉大病院に入院して、八重山病院に転院したと聞いて、島人はお見舞いには行きやすくなったのかなとは思ったけれど、油断はできないと思った。
そして、すぐ上の兄貴からの連絡。
君が旅立ってからでは遅いと思って、とにかくすぐに会いに行ったんだ。
髪の毛は短くなって、少し痩せてしまってはいたけれど、しゃんとして話をしてくれたね。
昔、君と語り合った、いつか鳩間島の交響詩を創ろうという話題も弾んだね。
鳩間島を千鳥が俯瞰するんだ。
東西南北、それから春夏秋冬。
穏やかな春、暑い夏、そして台風、何かと不便な冬。
台風はこんな表現にするんだと君はベッドで唄い出した。
はらはらしたよ。
早くここから出て僕も協力するから創ろうという願いは実現できなかった。
友達になって「板さん、君は離しませんよ。」と言ってくれたターキ。
君が離しちゃってどうするんだよ。
ベッドでも、楽器は練習しないとすぐ下手になっちゃうからなあと言っていた君。
別れ際の君の顔が忘れられない。
僕は必ずまた来ると言ったんだ。
ターキ。
後世ではたっぷり弾けてるかい。
仲間も沢山いるだろうから、そしてもう他のことを何も心配する必要はないのだから音楽を楽しんでくれ。
あと何年かして、僕がそっちへ行くとき、また色々と教えてくれ。
そしてセッションをして楽しもう。
それまで待っててくれ。
ターキ。