2012、恒例春の沖繩・八重山ツアー/沖繩本島編
皆様、こんばんは
恒例、春の沖繩・八重山ツアーの報告をいたしましょう。
まずは、沖繩本島編です。
那覇到着は4月26日、曇、とても涼しい。
浦添在住の旧知のNさんと栄町市場で飲みます。
最近、那覇で飲むのはもっぱらこの辺。
静かで落ち着くのです。
仕上げはNさんの同級生が働いている鳥屋さん「あまみ」。
ここの焼き鳥は串に刺さっているのではなく丸ごと出てくるスタイル。
石焼窯でじっくり焼くので、外はパリパリ中はジューシーとはとても月並みな表現なのですが、家庭ではまず出せない味ですね。
だからこそ行く価値がある。
翌27日はとても良い天気で温度も上がってきました。
夜まで暇なので散歩にでも行ってみようかなと思い立って、偶々部屋に置いてあった旧海軍司令部壕の中国語の割引チケットを見つけ、行ってみることにしました。
ターミナルからバスで約15分、豊見城市ですが小禄にも近いところ。
450mにわたる地下壕のうち300mが公開されていますが、これを手で掘ってもっこで担いでという作業を繰り返して造営し、4000人の兵士が収容されていたということです。
地下深いのでひんやりします。
今でこそ観光施設として整備されていますが、当時の状況を想像しつつ見学すると、その恐ろしさにもひんやりとすると同時に敬虔な気分にもなりました。
あまり知られていないスポットですが考えてみたい方にはお薦めです。
夜は、桜坂のサクレでライブの予定でしたが、ママさんの体調不良で急遽中止になってしまいました。
そこで、翌日一緒にライブを予定しているベースの水見氏と打ち合わせがてら飲むことに。
彼は、昨年の春に与那国島で共演しているベーシストで、今年3月まで与那国島の教員をしていましたが、この春に転勤して那覇に戻ってきたところでした。
開南の「鈴蘭」、良いお店でした。
ということで、翌29日は水見氏と南城市「玉々庵」にてライブ。
これがジャズ8割ボザノバ2割で、久しぶりにジャズのテーマを弾くので選曲に気を遣いました(テーマをギターで表現できる曲という意味で)。やっぱりリード楽器がいると圧倒的に楽です。
それでも楽しかった。
お客さんも楽しんでくれたようで、水見氏とは今後も楽しみです。
この日はほとんど雨の天気で、どうやら沖縄は梅雨入りしたらしいとのこと、今後の予定が危ぶまれます。
30日は元々予定を入れていない日でした。
小生はコザ近くのプラザハウスでやっている沖縄の戦後から復帰までの写真展を見たいなという気がありましたが、偶々、知り合いのミュージッシャンであるH.K.さんが、娘さんが結婚して暮らしている塀の向こう側(米軍基地内のことです。)に面会に行くということなので、玉々庵のOさんCさんと小生も同行させていただくことになりました。めったにない機会なので。
目的地のキャンプフォスターは、キャンプ瑞慶覧とも言って宜野湾市にあります。
ベース内の人間一人につき三名までが入る許可をもらえるので夫婦二名(赤ちゃん一名)で我々4名だからOK。
入口で顔写真付きの証明書(免許証とかパスポートですね。)の提示を求められ、出身地から身長、体重まで個人情報を厳しくチェックされ記録されて最後には指紋まで取られてようやく許可証が交付されます。行列ができようが混雑しようがお構いなし。たっぷり時間がかかります。これから午前0時にこの許可証を返納するまで出入りは自由なのですが、全員での行動が義務付けられます。
ベース内は交通法規厳守。きっちりと一旦停止しなければいけません。
フードコートは円が使えるので、ここでハンバーガーやらホットドッグやらいろいろ買ってベース内のご夫婦の御宅でランチ。ビッグサイズに圧倒されます。
PX等の購買施設はIDがないと入れません。
フードコート
ジャンボサイズ
ベース内は道路も広く、綺麗に刈り込まれた芝生、広い住宅、手入れされた緑等々塀の外側とは別世界。塀の外側の車の列を見ていると、鉄条網一枚で違う世界が構築されていることが再認識されます。
団地のように同じ家並みが続く。
いくら広くて綺麗でも兵隊は息が詰まるでしょうね。
戦争と直面していた60年代から70年代にかけては特にそうだったでしょう。
あすの命も知れぬ訳だから。
それにしても出入口とか店とか働いているのは日本人。基地依存の実態が垣間見えます。
しかし、ここはあくまで瑞慶覧という字の沖縄の土地であって、先祖代々の墓や自分たちの土地があるところ。
日本国なのに鉄条網一枚で行き来できないのは根本的に理不尽だと思います。
貴重な体験の後は沖縄の戦後から復帰までの写真展を見にプラザハウスへ。
アメリカ世時代はアメリカ専用のショッピングセンターだったここで、この時代の資料をじっくり見てみたかったので、とても興味深かった。
うちなんちゅーのパワーとアメリカーのぶつかり合いの混沌が衝撃的。
とても良い展示だと思いました。
この夜は、平和ガイドでもある玉々庵のOさんと飲みながら、本日のフィールドワークの総括としてRBC(琉球放送)作の、沖縄戦・占領・復帰までの検証番組のビデオ(硬派で、内容的に本土民放は足元にも及ばない。)を鑑賞。
玉々庵所蔵のうちなーに関する貴重な写真集、資料集も拝見させていただきました。
思えば、今年は復帰40年。
偶然見つけた旧海軍司令部壕チケットから始まって、米軍基地、写真展、資料探索と、世変わりを勉強させてもらったとても有意義な沖縄本島でした。
ところで、玉々庵のOさんと小生は学生時代、同じバイト先でアルバイトをしていたことが判明。
学年・部門が若干は違いますが、同時期にいたことは間違いなさそう。
こんな話題でも盛り上がります。
梅雨入りはしたけれど午後からはとても良い天気になってきて、明日は八重山入りです。
(つづく)