第5章 2/26 砂漠
朝8時のバスでマラケシュへ移動するということで、卒業旅行女子2名は早朝に出発したようだ。
夜明け前に起きて砂漠の朝日を見る。
砂漠というのはとても静かなもので、静けさに圧迫感がある。
朝日が昇る前、白く見えた砂漠が赤くなっていく光景は見事だった。




7時過ぎにはガイド達が皆を起こしてまわり、もう一泊する小生とラクダを残してみな出発した。



ラクダとここで待っていてくれと言われて居残り。
残されたラクダは昨日乗ってきたラクダと違う奴で、格好もなかなか良いしおとなしくてよさげに見える。

砂漠に来てからデジカメの眼が半開きになったりしている。
あまりに細かい砂のせいだ。
良いカメラを持っている人はビニールで覆っている。
飲料以外に水を使えないので顔はウェットティッシュでふいて、歯磨きはなし。
明日戻ってから洗濯をすればよいわけだから服は着続ける。
ただ、早朝までは日本の真冬の寒さだが、日が上がってくると、どんどん気温が上昇して真夏の暑さになるので着脱が楽な服装にする。
靴はウォーキングシューズ、サンダルでは砂に沈んでしまう。
パンとジャムとお茶で簡単な朝食。
このオレンジジャムがまた美味しいのだ。

もう誰もいなくなったキャンプの戸締りをして、小生、ユセフ、ラクダで出発。奥地に向かう。





時々現れるキャンプを横目に見ながらどんどん進む。
しかし、慣れているとはいえ、この何の目印もない砂漠をユセフはどのようにして道を把握しているのだろう。
ラクダの足跡やサンドバギー車の跡が沢山付いているところはルートだと分るが、ちょっと風が吹けば消えてしまうのだ。
彼曰く、頭がGPSだそうだ。



ラクダの乗り方にも慣れてきて快適になってきている。
狐の足跡が目立つ。
時々群れで現れるヤギは野生だろうか、飼われているというには牧童の姿が見えない。


周囲は絶景としか言いようがない。
まず日本ではあり得ない風景だ。

進むこと約2時間強、ポツンと黒い物体、オアシスの村が見えてきた。



その裏手には高い砂の山がそびえている。
あれを登れと言う。もちろん徒歩で。大パノラマだと言う。
マジですか。


オアシスというのは、イメージしていた通りのもので、砂漠の真ん中にいきなり広葉樹が茂っている場所だ。
砂漠でも良く分からないような草が少し茂ったりしている場所はあるが、オアシスは緑があるから良く目立つ。
泉があるわけではなく、井戸がある。飲めると聞いた。


今は世界中から観光客が来るから、調理場兼事務所のようなパオと暮らせるキャンプが密集している。
パオでは食事を提供したり、サンドモービル観光とか色々とやっているようだ。
人里から一泊で来られるアルジェリア国境に近いこの辺りは、観光でサハラ砂漠を訪れることが比較的容易にできるところだ。
パオの内部


元々、このオアシスで暮らす人々はノマドと言われ、このオアシスでは二家族いるようだ。
その家は、色々なものを寄せ集めた、言い方はあまりよくないが、日本でいえばホームレスの家のような住宅だ。
ロバで水を運搬したり、残飯を処理したり、ヤギを飼育したりして生計を立てているようだ。
ノマドの家

我々がパオに到着すると、ノマドの子供たちだろう、小中学生くらいの年齢の女の子が2名、段々と近づいてきて、リュックから手作り小物を広げて店を出し始めた。
可愛らしい民芸品らしいので買おうかなと思って、値段交渉。
20dhでまとまって、財布を見たら小銭が12dhしかない。あとは400dh。
残念だけど小銭がなかったと言うとそそくさと店をたたんで引きあげる準備をしている。
待って、12dhで売っていいと思う物をおくれと言うと、女の子はちょっと迷って初めに20で買おうと思ったラクダの人形をくれた。
ああ、もっと小銭があればよかったのに。
お礼に日本から持ってきていた3色ボールペンをあげた。
12時に昼食にするのでそれまで自由だから大砂丘を登って来いとユセフ。
下から見上げると遠近感が曖昧になって高さが良く分からない。
200mくらいあるのだろうか。
見た目よりは厳しくない登りだが、若干足が砂に沈み込むのが難点ではある。
頂上と思われるところへ到達すると、さらにその先がある。
鋭角になっている尾根をどんどん進むと下に見えていたオアシスがやがて見えなくなった。
40分くらいかかって頂上に到達。


もう目につくところに人工の物は見えない。
その絶景は筆舌に尽くしがたい。







遠くに見えるアルジェリアの台地


確かにユセフが言っていた通りの360度の大パノラマ。
モロッコの台地から地平線、そして南側にはアルジェリアの台地まで見渡せる。
周囲に人の気配はなく、音は風の音だけ。
こんな景色を見たことは今までになかったし、この先あるのだろうか。言葉を失うしかない。
座って30分ほどボーっとしていた。
後ろ髪を引かれる思いで11時30分頃下山開始。
一気に斜面を下まで駆け下りるという荒業もありそうだったが、危険そうだ。
来た道を引き返す。


それでも20分ほどで下りてくることができた。
これは本当に見ることができてよかった。
二泊三日にして良かったとつくづく思った。
昼食はモロカンサラダ缶詰イワシ乗せとパン、結構いける。

昼食後の散歩をしていると、ノマドの家のお母さんが子供たちに早く行けとせかしている。
先程の女の子とさらに小さな子が二人、我々のパオに向かっている。
白人の4人家族の観光客がサンドバギー遊びをしていて、パオでお茶をするようなので、例の土産物を売りに行くのだ。
白人家族はフランス人かと思ったらラバトから来たと言う。
同国人でもこれだけ違うものなのかと素朴な感情を抱いてしまう。
ノマドに生まれた子は同じような生活を送るのだろうか。
もう小銭はない。
もう一本ペンがあったので、小さい子にプレゼントした。
白人家族には見向きもされなかったけれど、二人ともなんだか楽しげな様子で笑顔を返してくれたので良かった。
休憩していると、いきなり風が出てきた。段々強くなる。
屋外で敷いていた敷物が飛んでしまう。
横殴りの砂。
パオに避難。
天気が悪くなりそうなので、予定を30分早めてキャンプへの帰路につく。

天候が悪くなっても雨は降らない。その代りに横殴りの雨ではなく砂。
周りが見えなくなったり、砂が細かいので鼻や耳に入り込んでくる。
ひどい時は立ち往生。息ができない。
それでも何とかしのいで進む。
何だか地形も変わっているようだ。
ユセフは急いでいるのだろう。行きよりも厳しいルートをとっている。


急な下り坂に来ると、ラクダが一瞬「え、本当にここを行くの!!」という感じで立ち止まる。
すぐに行くのだが、この一瞬の躊躇とも思える間が面白い。
このラクダというものは不思議な生き物だ。
目が良いらしく遠くからでもこちらの気配を感じ取り見つめてくる。
長い睫毛が砂の侵入を防いでいる。
性格は温厚でー中にはそうでないものもいるらしいがー、文句も言わず荷物や人を運んでくれる姿はとてもけなげに映る。
牛のようにしょっちゅう反芻していて、時々ヴォー!!などと言う。
脂肪をため込むことができるのと血液中に水分を取り込むことで何日も飲み食いせずに動けるので、砂漠に適した生物の筆頭だ。
その代り水を飲むときは一気に80リットルくらい飲むらしい。
砂漠を走れる車が登場する前は砂漠の主な運搬機関だった。
湿気があるところに来るにつれて、これがロバに変わってくる。
群れで行動するらしく、今朝も1頭だけ残されるときは不安な様子でついて行こうとしていた。
主人の姿を見て安心したようだった。
こんなラクダとユセフを頼りに、砂嵐もどきの横殴りの砂に往生しながらようやくキャンプにたどり着いた。
今日はこれからあと8人到着するとのこと。
キャンプもひどい風でジュータンは直しても直しても飛ばされてしまうし、あまり外にも居れない。
ユセフと片づけをする。
どこかの民宿みたいだ。
そのうちにご一行到着。
ポーランド人6名、日本人2名でいずれもカップル。皆若い。
昨日のガイドのハッサンも同行している。
夕食は昨夜と同じタジン。
二人分くらいありそうだ。

今夜はまだ風が強くて外では遊べそうにない。
食堂でタイコで遊んでいた連中が飽きて星を見に行ったあと、ユセフ、ハッサン、小生でセッションを始めた。
段々盛り上がってきたら外に出ていった人達も入室してきた。
皆に楽器を渡して楽しむ。
楽器

ユセフはフィニッシュに近づくにつれてテンポが速くなってきて、最後はついて行くのがやっと。
このリズムはサンバに通じるところもあるようで何だかとても馴染める。
合わせると言っても同じフレーズでついて行くというところまでだ。
ただ、あまり余計なフレーズを差し込んだりはしない方が良いような気もするし。
何だかもっとセッションを続けたいし、きちんと勉強してみたい気もする。
でも音楽の楽しさ、コミュニケーション力は世界共通。
今夜も楽しんだ。
今日は広いテントに小生一人。
風は強いが快適に眠ることができそうだ。
禁酒もちっとも気にならなくなってきた。

