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沖縄 アーカイブ

2007年06月09日

八重山・沖縄第1回

皆様、こんばんは
今日は、どうして小生が沖縄・八重山にしょっちゅう行き来しているか、お話しすることにしましょう。現在の状態に至るためには話が長くなるので、今回は第1回です。
ちなみに古い写真がデジタルで無いので、今回の写真はご愛嬌ということで。

筆者近影
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そもそものきっかけは、サラリーマン時代の那覇市で開かれた全国会議がきっかけでした。
もう10年以上前になるかもしれません。
その頃、既にITAeKAZUで演奏しており、相棒のKAZUは旅ライターの仕事もしていて、沖縄旅行に関してはベテランでした。沖縄民謡にも詳しくて、音楽家のはしくれである小生もそれならばと、沖縄に行くなら民謡酒場だとKAZUから文献やら音源やら借りて色々と予習をして出かけたのでした。
もともと日本の民謡や演歌は苦手なその頃の小生でした。
さて、深夜、宿を抜け出して初めて足を踏み入れた民謡酒場は、那覇市の「民謡スナック三原」。
赤いソファとステージ後方の浜辺の画き割り、オリオンビールの提灯と安っぽいドア、それでいながらアット・ホームなウェルカムの雰囲気、4人編成のハウスバンド(って言っていいんでしょうかね。)、とてもよい雰囲気でした。
ここで、日本民謡と波長が合わなかった自分が沖縄のそれと妙に波長が合うことを発見しました。
当時方言を知らなかった自分が「かいしゃ、かいしゃ」と歌っている部分が変に気になったことを覚えています。
その中でも、女性連れで作業服で現れた中年の男性二人組み。ただの酔っ払いかなと初めは思いました。そのうち、その二人組みが飛び入りをするということで、舞台の袖に引っ込みました。そして、膝までしかない浴衣のような着物と妙なお面をかぶって裸足、一名は三線を携えて現れ、とても不思議な音楽と踊りを披露したのでした。三線はロックミュージシャンのように横に構えています。
後で聞くとアンガマ(石垣島のお盆行事)に使われるウシャマイとンミーの衣装で八重山民謡を唄い、舞っていたのです。
それは衝撃でした。
それまで演奏されていた沖縄民謡も十分に楽しめたのですが、八重山のそれは、この不思議で魅力的な演奏・舞は一体どのようなところで演じられているのだろうと、どうしても確かめてみたいという欲求に駆りたてるものであり、八重山を訪ねたくて仕方なくなりました。
同時に、ただの酔っ払いに見えるような人達が当たり前に素晴らしい芸能を披露する沖縄という土地や、うちなんちゅーの芸能の奥の深さに感銘を受けました。もっとも件の二人組みは舞台を降りるとただの酔っ払いに戻ってしまいました。
ここから、毎年十五夜を中心とした(連休でサラリーマンにとっては休みが取りやすかったからですね。)八重山行きが始まりました。

夏の雲ですね
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初めは何もわかりませんから、ガイドブック片手に色々な島を回りました。民宿で主さんが三味線を弾いて民謡を唄ってくれるのが、ただそれだけで嬉しかったし、この唄を八重山で聴いているんだなあと思うだけで妙に感激していました。
しかし、ガイドブック片手の観光旅行は八重山の宿がある島々(鳩間と新城を除く)を何回か回った時点で飽きてしまいます。
いきおい石垣島の民謡酒場に通いつめることになります。

筆者は食われてしまうのか!
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こんなことがありました。
美崎町の某民謡酒場がお気に入りだった頃、飲んでいて、もう十二時を回った頃、とても元気なおばあ連がいました。
その方達から一緒に飲もうと誘われて、当時は地元の人達と飲めるだけで嬉しいわけですからがんがん飲みました。
その中の一人から明日家に遊びに来いと言われました。本当は社交辞令あるいは酔いが言わせたその場の一言なんでしょう。でも嬉しい小生は、翌日風邪気味のところを押して訪問しました。
市役所から近いそのお宅は、なんだか電気が止められていて、日が暮れるにつれて段々暗くなり、暑い中、扇風機も動かず、踊り用の金銀の扇子でおばあが小生を扇いでくれます。
お気に入りのかまぼこ屋が休みだということで、甘いファンタだけで話を聴きました。
八重山では子供ができない夫婦は別に女性と関係を結んでよいというような風習が昔はあった。自分はまさにその別の女性という対象だった。戦後、パイナップルの缶詰工場で苦労したこととか、でも子供達は立派になって本土で元気にやっているとか、古いアルバムを引っ張り出してきて涙ぐみながら見せてくれました。
最後に、自分は今晩もあの民謡酒場へ行って飲みたいし、あなたにもご馳走してあげたい、しかし自分が特にあなただけにご馳走したら他の仲間が変に思うだろうしあなたにも迷惑がかかる、だから今これを渡すから、どうか今晩も一緒に飲みましょうと言って、懐からくしゃくしゃになった千円札を渡すのです。
これには恐縮して固辞しましたけれど、結局、固辞しきれずありがたくいただきました。
もちろんその晩も飲みに行きました。
この頃から、自分は八重山や沖縄の何が好きなのか真剣に考えるようになりました。
音楽をやっていることをいいことに、島の人達が大事にしている音楽の表面しか聴いていない自分を恥ずかしく思いました。
観光はもういいと思い始めたのもこの頃からです。
鳩間島との出会い、そこから始まる八重山や沖縄の人達との音楽を契機にした出会いがなければ、八重山・沖縄との現在のつきあいは無かったかもしれません。

どこへ行くのだろう
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月祭りのゆんたく
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長くなりました。
この続きは第2回にしましょう。
ではでは

2007年07月07日

第一回伊原間音楽祭

皆様、こんばんは。

筆者近影
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今回は、今年の4月~5月にかけて行われた恒例の八重山・沖縄ツアー(石垣島、鳩間島、沖縄本島の演奏旅行のことです。)の中で、今年初めて開催した、石垣市伊原間地区でのコンサートについて触れてみたいと思います。
このツアー(旅行会社のそれとは全く無関係です。)は、元々、鳩間島音楽祭出演が中心となるもので、その前後に色々と仕事をくっつけようと、ここ数年、演奏の範囲が広がってきています。
石垣市伊原間地区というのは、石垣島北部、島が一番くびれた辺りの場所で、自然豊かな大らかな環境で、石垣港周辺の市街地とは趣を異にしています。
何故ここで我々(板垣武志(g)、石山和男(vo)、鈴木厚志(p))がコンサートを行うことになったかということですが、以前から知り合いであった伊原間中学校のT先生に、今年1月に小生と鈴木厚志の学校公演を企画していただき、その際に寄ったT先生のなじみのそば屋「たいらファミリー」で意気投合し、うち(「たいらファミリー」)を中心としてコンサートを企画しようと盛り上がったことがきっかけです。
沖縄のみならず、コンサートのきっかけというものは、おおよそ、この盛り上がりが大事ですね。
T先生の明石の宿舎(伊原間地区の隣の地区です。)で、地区の音楽好きの方達と飲み、演奏し、唄い、開催に向けて盛り上がったのでした。

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さて、開催5月6日当日、午前中は雨天でしたが、午後になって天気はどんどん回復していきました。
そば屋「たいらファミリー」の広い中庭には、屋根付き常設ステージがしつらえてあり、お客様の聴くスペースや踊るスペースも十分にあります。

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午前中に石垣市街地から到着してのんびりとお昼を食べている小生達一行を尻目に、どんどん準備が進んでいきます。その手際のよいことといったらありません。
聞けば、スタッフの主要メンバーは八重山高校でBEGINのメンバーや大島安克さん、新良幸人さん達と同級で、現在は石垣島の大きなコンサートの企画、運営を手がけているとのこと。
まあ彼らプロのスタッフの手際のよさは当たり前と言えば当たり前なのですが、それにも増して手際のよいのが、「たいらファミリー」のスタッフ(何と親子四代でやっています。)と公民館を中心とした地区の方々です。
あっという間に場外席まで設営してしまいます。
合宿していた野球少年団のための演奏をイントロにしてコンサートは開催されたのでした。
暮れなずんでいく空の色がとても美しかった。

石田うーさん撮影
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このコンサートを開催するにあたって、小生の希望は地元の方々の演奏とコラボレートするということでした。
T先生や、やはり以前からの知り合いで、鳩間・石垣の唄者M.H.さん(この人とのつながりも実に面白いのですが、そのうちぼちぼちと)と相談していました。
M.H.さんのソロになるのかなと思っていましたが、図らずも美崎町の老舗民謡酒場「浜辺」の主要メンバーに加え、前日鳩間島で一緒だった、やはり鳩間・石垣の唄者、Y.U.さんも加わわりました。
このメンバーは、かつて「浜辺」で歌っていたことがあるOB達で、今ではなかなか聴くことのできない豪華メンバーでした。
彼らの演奏、その佇まい、とても感動しました。

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中締めの後は、我々も胸襟を開いて、ジャズナンバーやオリジナルサンバ歌謡(これも後々説明いたしましょう。)や童謡やらどんどん佳境に突入していきました。
最後はやはりカチャーシーで閉めます。
今回、石垣市北部で演奏できたことは実に画期的なことでした。全てT先生や「たいらファミリー」、地元スタッフの皆さんのおかげです。
小生は、八重山・沖縄で地元の皆さんの音楽と共演できることを無上の幸せと感じているので、本当に楽しかった。
音楽をやってきて良かったと思えるのはいつもこの瞬間です。
手作りフェスティバルの原点を見た思いでした。
そして、来年も第二回伊原間音楽祭を実現させようと皆で誓い合ったのでした。
翌日、「たいらファミリー」のご主人の案内で、日本とは思えない牧場の風景を堪能させていただきました。ありがとうございました。
皆さんも機会がありましたら、石垣市伊原間の「たいらファミリー」をご訪問されたらいかがでしょう。
県道沿い、面白く目立つのでいやでも分かります。
ではでは

2007年07月12日

八重山・沖縄編第2回

皆様、こんばんは
八重山・沖縄編第2回です。

筆者近影
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第一回の後日談がありました。
石垣の民謡酒場で一緒に飲んでお宅も訪問したおばあから、年末の12月29日に電話がありまして、明日子供達を訪ねるため東京へ行く、そのときに小生にどうしても渡したいものがあるから羽田にご家族で来てくださいと。
何だろうと思いましたが、遠くから来てくださるのですから、これはもう三顧の礼をもって迎えなければと思い、家族で行きました。
石垣からの直行便は、年末にもかかわらず、初夏のスタイルで降りてくる人が多いのですが、一番最後に、きちんと正装の着物で降りてきた方が件のおばあでした。
で、渡してくれた物は、あの時休みだったかまぼこ屋のかまぼこでした。
気が抜けると同時にとてもうれしかったですね。

さて、八重山の島々に旅慣れた皆さんには周知のことでしょうが、八重山の島々はそれぞれ違う表情を持っています。
たとえば、与那国島は断崖絶壁の島、波照間島は風が強くて海の色がとてもきれいな島、黒島は平らで動きやすい島、小浜島はアップダウンが激しくて体力を使うけど島内の風景がとても美しい島等々。
八重山はとても好きな小生ですが、観光はもういいと思い始めた時点で次はどうしようと考えてしまったのでした。
そして、当時、最も行きにくい島、鳩間島を訪ねてみようと思い立ったのでした。
当時は、火、木、土曜日に貨客船がそれぞれ石垣から1便あるだけでした。

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初めて鳩間島に行った頃は、島に一軒しかない商店の営業時間が午後6時~7時までの1時間だけでした。その1時間が島内のイベントのような時間だったのが印象的でした。
例によって何も分からずに、他の島々の時と同じように、飲んだり、島人の唄を聴いたり、ゆんたくしたりしてゆっくりした時間を過ごしていました。
そしてこの年はこれで終わってしまいました。
ただ、竹富島などと比べると、観光客のための配慮は一切ないなあと思いました。その分、八重山の原風景が残っていて、八重山の生活の匂いの中に身を置けるのかなあとは感じました。
翌年は念入りに鳩間島を探求しようかと興味がわいてきました。

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翌年、ガイドブックでも知られているMという民宿に泊まっていました。
当時改修中で、屋根から電気工事屋さんらしいサングラスの強面のおじさんにジロリと睨まれたりします。
ここは、食事をする場所が寝る場所と異なり、海辺にあります。
そこは、宿泊客のみならず、島人達のゆんたくの場所としても使われています。

nino氏撮影
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ある日、夕食が終わった後、居合わせた島人達の酒盛りに偶然加えていただきました。
改修工事の棟梁であるM.H.さん(伊原間編に登場してきますね。)や当時、鳩間小中校の校長先生だったT先生(やはり伊原間編に登場してきますね。)、現在、公民館副館長のK.T.さんも同席していました。
音楽の話になったんでしょうね。ギターの話題になって、酔ったはずみでしょう、僕もギターをライブで弾いていますと言ってしまいました。
それまでわいわいやっていた全員が、一瞬沈黙してこちらを注視しています。まずかったかなぁと思ったのが後の祭り。
一斉に是非聴きたいと皆が言い出しました。
でも楽器は持っていないしなぁ。
その時T先生が手を叩いて、「確か学校にギターがあったはずだ。今から持って来るからちょっと待っていてくれ。」と言って、真っ暗な中を自転車で駆け出して行きました。
しばらくして、T先生が持って来てくれたのは、確かにナイロン弦が張ってあるクラシックギターでした。ただ、ネックの先頭の弦を支える部分は、割り箸を削ったもの、弦は茶色くなっているし、しかもギターケースには「廃棄」というラベルまで貼ってあります。
ままよ。ギターはギターだから何とかなるだろうと強引にサンバやボサノバを弾きまくったのでした。
それまで、うちなんちゅーの前で自分の音楽を表現することは敷居が高いとおそれていたにも拘わらず、酔いもあったんでしょう、そんなことも忘れてがんがん行ってしまいました。
一瞬の沈黙のうちに、大うけ!!
もっとやれ、もっとやれになってしまいました。
そしてこの席で、T先生が、「この音楽を学校の子供達にも聴かしてやりたいねえ。明日、特別授業の枠を設けるからやってくれないか。」と。
さすが校長。
とても美しい月の、旧暦八月十三夜の夜でした。
翌日、正午前、音楽の先生とも相談した結果、室内より半野外のパーゴラがいいだろうということで、生徒さんや先生達を前にしてミニ・ギターコンサートを開催しましたと思ったら、島の音楽好きの人達や観光客の人達(普段は観光客の人達は学校に入れないんです。)も観客に加わって、どうしよう。しかもギターは「廃棄」ギターだし。
結局、開き直ってギターの話やブラジル音楽の話を交えながら約30分のコンサートを終えたのでした。
民宿の屋根から小生を睨みつけていた強面のサングラス男もいました。島の唄者で有名なI.K..さんもいましたかね。

nino氏撮影
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何とか演奏を終え、学校でお茶をいただいて宿へ帰る途中、島でただ一つの商店から、大音量でジョアン・ジルベルトの音楽が、桟橋まで届く勢いで聴こえてきます。いいのかなあ。
そして商店の庭に置いてあるステレオの横では、小生を睨みつけていた強面のサングラス男が笑っています。
実は、彼は商店の主人で海人、今ではとても親しい友人になったK.U.さんでした。
その夜は彼の商店の庭で、「廃棄」ギターと唄やクラリネットやキーボードや三線のセッションで遅くまで盛り上がりました。

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そして、来年の鳩間島音楽祭に参加しろと言われたのが、始まりです。
このことをきっかけとして、自分の音楽をそのまま表現することによって島人達との理解の端緒が開けるのではないかと思い始めました。
そうすると、今までの沖縄・八重山に対する感情とは全く異なる地平が開けてきます。

nino氏撮影
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島人達との付き合いが始まりました。
第3回につづくということで。
ではでは

2007年09月21日

十三夜・十五夜

皆様、こんばんは
9月とはいえまだ残暑が厳しいですね。

月祭りの夜
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月に向かって
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今日21日から約10日間、八重山・沖縄の旅に出ます。
この時期の八重山・沖縄行きはもう十数年続いています。
台風シーズンでもあるので、そこは博打ではありますが、過去に一度石垣島で足止めを食らったことがあるくらいでわりと幸運に恵まれています。
石垣島や沖縄本島でライブをやりながらの旅ですが、旧暦8月の十三夜に開催される石垣島の「とばらーま大会」を見ることが大きな楽しみの一つです。
今年は、9月23日の日曜日です。
何事もなければ、市役所近くの新栄公園の野外ステージで開催されますが、雨天等の場合は市民会館で開催されます。
シテュエーションとしては、十三夜の月の下、野外でというのが最高ですが、今年はつい先日通り過ぎていった台風12号の影響がどう出るか、ちと心配ではあります。
野外の準備ができない場合も市民会館開催になりますから。
とばらーまというのは、ご存知かもしれませんが、八重山民謡のなかで最も美しく、なおかつ最も難しいとされる曲です。
この1曲を予選会を勝ち抜いた20数名の唄者が唄い順位を競うわけです。
とばらーまはもちろん正調がありますが、地区や唄者によって微妙にメロディが異なり、また歌詞は創作もOKなので、自分の想いで唄うことができます。
いうなればブルースのようなものと、小生は勝手に理解しています。
ただ、曲を貫くテーマがあって、それは、届かない想い、あって欲しいのに無いことへのはかなさ、ブラジル音楽でよく出てくるサウダーヂに極めて近いものと思われます。
創作の歌詞もこれにそって創られるようです。
歌詞の部も順位を競います。
島分け等を経てきた八重山の歴史が底流にあるのでしょう。
1曲だけを唄者が違うとはいえ2時間近くも聴くのは大変かなあと思われるかもしれませんが、何故か引き込まれてしまうのです。
最近は、本土からの参加者も多く、去年はゲスト参加者がチュニジアの方で、民族衣装を着て唄い、これがまた感動的だったし、結構、広域化しています。
聞き手は出演者の親戚縁者、友人や、また何よりとばらーまの難しさや意味を十分理解している島の人達が多いので、その反応自体に唸らされる部分もあります。
十五夜ではなく、十三夜に開催されるというのは、「月ぬ美しゃ」の歌詞にあるように、月が美しいのはまん丸の十五夜ではなく、それに至るほんのちょっと前の十三夜という、月を暦の中心として考えてきた、―それは、海が島人にとって道であるゆえに月の満ち欠けと潮の関係を重視していたのでしょう―八重山独特の美学があるのでしょうか。
この歌詞の続きは、女性が美しいのは・・・・・・・・と続いていくのですが、女性陣に怒られそうな歌詞でもあります。
できれば、一杯飲みながら野外で鑑賞したいものです。
十五夜は鳩間島のU家で恒例の月祭りということになると思います。
これは家庭行事で、天気がよければ銀色に輝いているような月明かりの下で月を話題に質素な宴席を囲むものであります。
鳩間島の月は特に美しく、洋上に月の道が見えます。
沖縄本島でのライブも今回は「あさと御殿」というそば屋での初のライブもあって楽しみです。
沖縄では変哲のない食堂やそば屋や居酒屋で当たり前のようにライブが行なわれていて、結構うらやましかったりするのです。
帰ってきましたらまたご報告したいと思います。
ではでは


2007年10月05日

秋の八重山・沖縄ツアー

皆様、こんにちは。
先日、秋の八重山・沖縄ツアーから戻ってまいりました。
今回も色々とありましたけれど、三題噺的に言うと「台風12号」、「十五夜」、「9.29県民大会」ということになります。
9月18日に八重山、特に竹富町を直撃した猛烈な台風12号は石垣・鳩間・西表・与那国コースを行ったため、21日に石垣入りした時点では、台風一過の好天の始まりでしたが、その爪跡は各所に見られました。
石垣は去年の13号ほどの被害はなかったようですが、それでも屋根をはじめ色々なものがが飛ばされたり、電柱倒壊による停電やらと大変なようでした。
21日に石垣に着いてその足で、鳩間島音楽祭にも出演している大工で唄者の比○○男さんのお家へ行きました。

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野底という石垣島の中間部、野底岳の麓にある自作でいい感じのお家です。特に食事の場所が外にあり、これが鳩間を彷彿とさせます。もっとも鳩間のお家も随分と作っているので納得がいきます。広大な農地の中に建つ作業場という感じで、真正面に野底マーペーがそびえています。

野底マーペー
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野底マーペーは、マーペーという女性が、島分けで黒島へ行ってしまった恋人を慕って黒島を見ようと毎日野底岳へ登っていたのですが於茂登岳が邪魔して見えないので(於茂登岳の方が高い)恋しさの一念で岩になってしまったという伝説がある山で、「つんだら節」という民謡に唄われています。10月に野底地区でつんだら節大会もやるようです。
マーペーはまん前にあるのでいやでも目に入るのですが、じっと見ていると北斜め上方をかっと見ているゴリラの顔に見えてきてなりませんでした。
夜はお世話になっているT校長先生もやってきて飲み会です。

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「僕のそばを食べんといかんね。」と常日頃言っていた比○○男さんのそばは絶品であり、この旅を通して間違いなく一番のそばでした。おかわりもしたし、朝もリクエストしました。特に汁が最高!!
パパイヤの切り方が酒のあてとごはんのおかずで異なるということも教わりました。
やはり台風12号の被害があり、パパイヤの木が結構折れていたし、ゴーヤやナーベラーも駄目、葉物野菜も駄目になっていました。トタン屋根がその形のまま飛ばされて電線にのっかたり、牛も相当数飛ばされて死んだようでした。

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比○○男さんはこの後始末でも忙しいようでした。
この時点で鳩間島に電話したら、停電が続いており明日復旧の見込みだが、郵便船が沈んでしまったため小生の荷物(食料)が届いていないとのこと。一抹の不安。
さて、翌日は大川(市街地)のお馴染み「パパビゴーヂ」でのライブです。
おかげさまでほぼ満席の状態でした。ここからリベルダージの元バテリア隊長、金沢元さんと合流します。

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この日のお客さんは外人率が何故か高かったです。このお店はゆったりしていていつも本当に気持ちよくライブができます。オーナーの村上さんをはじめスタッフ一同に感謝です。
23日は十三夜、とぅばらーま大会です。

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今年から、例年の新栄公園から真栄里公園に場所が変わりました。
例年より若干距離がありますが、常設の野外ステージがあり広大な芝生が客席になっており素晴らしいロケーションです。近くにコンビニもあるし。トイレもきれいだし。
やはり天気のよい十三夜の月の下で聴くとぅばらーまは素晴らしい。シマ、水、アイスの三点セット持参で堪能しました。最優秀賞は市内大浜の東金嶺さんでした。
知り合いの市内大川のH.H.さんも出場しましたが残念ながら賞は逃しました。
とぅばらーまは2時間近く聴いていても飽きが来ない不思議な曲です。
テーマは、届かない想い。
サウダーヂとほぼ同じではないでしょうか。前出の「つんだら節」のテーマも似ています。
おそらく島分けの歴史がこのようなテーマを生むのでしょう。
唄と月を堪能して帰路に着きました。
翌24日からは鳩間島です。

鳩間の北の海
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民宿瑠璃にお世話になりましたが、母屋は畳が海水をかぶってしまい畳を干し続けている状態でした。
大きいフクギも倒れていますが、電気、電話とも復旧していたし、水道はやられなかったので(ここが大きい)、もう既に落ち着いている状態でした。今回は台風の目にも入り、その後の南東の吹き返しが凄かったとのことでした。体育館の窓ガラスは全部割れたそうです。
そんな中、早稲田大学の某サークルが7名、ボランティアで後片付けに大きな役割を果たし、島人から大変感謝されていました。明後日帰るという事で、明日は感謝の会をやろうということです。
今日は十四夜です。
相変わらず天気は良く、月も恐ろしいほど明るくなってきています。民宿瑠璃では毎晩おじいと飲むわけですが、今日はその後あまりに月がきれいなので学校前の歩道へ、シマ、水の二点セットを持って親父二人で月明かりの下で酒盛りをしてしまいました。心配していた食料も郵便船船長が公休日にも拘わらず運んできてくれました。
郵便船は係留中に沈んでしまい、現在引き上げて修理中で、人や物に被害はなかったということで一安心でした。
鳩間島では現在レンタサイクルばやりです。殆どの民宿がやっており、1日500円で何かと便利なので使わせてもらいました。
たまたま来島していた森口豁さん(光の島、瑠璃の島の原作とされる「子乞い」の著者、ルポライター)とお会いしました。
来年の4月に「子乞い」が舞台化されるということで、劇団スタッフ3名と一緒に現地を案内しています。東京では俳優座劇場(六本木)での公演(劇団文化座)です。是非行きたいものです。
鳩間島北の海は相変わらず素晴らしかった。水槽の中を泳いでいるようです。珊瑚も生きているし。この枝珊瑚が曲者で、不用意にしていると怪我をしてしまいます。もちろん裸足は論外です。
ただ、よく見ていると珊瑚の間に白い道があって、そこを縫って行けば二三箇所がんばってよいポイントに着くことができます。
今年は浦島太郎が乗るような海がめの遊泳を目撃しました。
さて、翌日は十五夜です。
本日から同宿の若者2名も加わって夕食を済ませたところ、おじいから月祭りのお誘いが。
母屋前の庭に行くと、それは食べきれないほどのご馳走が用意されています。知っていたら夕食は作らなかったのに。でも堪能しました。

月祭りのご馳走
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9時頃から公民館前で早稲田の学生の感謝の会を兼ねた観月会があるということで、おじいと一緒に皆で行きました。
ささやかにという筈でしたが、公民館前の音楽祭をやる広場に机、椅子、PAセットが大々的に置かれ既に数十名の人達がターキーのピアノで盛り上がっていました。

ダンスに興じる
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金沢さんいわく、「ゴッドファーザーに出てくるシチリア島のパーティのようだ。」。第二次秋の音楽祭のようなことになっていました。小生達も演奏で参戦です。
早稲田の学生に対する島人たちの感謝の想いが強かったことを感じました。関係ないけれどOBとして誇らしく思いました(金沢さん、劇団スタッフ1名もOBであります。)。
このような突発的イベントというものが鳩間島ではよくあります。
翌日十六夜は十五夜よりも月が丸くなりこうもりが飛び交っています(瑠璃の庭のガジュマルの木はこうもりのヤー(家)になっているようでぶら下がっている奴とよく目が会います。毛づくろいなんかしているようです)。

ぶらさがるこうもり
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夕食の用意をしていると、おじいが一緒に飲みたそうにうろうろし始めます。
今晩はターキーも交えてセッションです。

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28日に名残惜しい鳩間島を発って石垣島に戻ります。

勝おじいと一緒に
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T校長先生の車をお借りして、5月にライブをやった伊原間のたいらファミリーにお世話になりました。
この時点で、新聞は9.29県民集会の話題一色です。
鳩間島にいたときも公民館の放送で、郡民大会は石垣で行なわれ、そのための船便は片道タダ、桟橋から無料送迎バスもあるということでした。
小生は、行く前からライブでお世話になる玉城の大池さんの話も聴いておりことの概略は把握していましたが、本土では全くと言っていいほど注目されていませんでした。特にテレビはひどい。
沖縄戦における住民の集団自決を日本軍が強制した事実を記載した歴史の教科書に対して、文科省の教科書検定における検定意見が事実であるか疑わしいとのことで記述の削除を求めたことに端を発しています。
またかという感じではありますが、事実(当事者が現に多数いる。)を曲げる国の姿勢に沖縄県民全体が怒り心頭に発しています。
この日は、ファミリーのおじい、おばあと酒を酌み交わしながら、石垣島での戦争の話をお聞きしました。同時に来年5月のライブに向けて頑張ろうねという約束もいたしました。
翌29日は那覇へ移動してあさと御殿でのライブです。
帰り際、T校長先生は「僕らは命をかけてこの運動をやっている。」と語っておられました。一緒に行ったそばや(登野城にある「ルービー」というそばや。居酒屋でもあるらしい。石垣へ行く人、絶対お勧めです。)のおじいは「手榴弾は当時天皇の所有物とされていたから、これで自決したということは軍が強制した以外にありえない。」と語りました。沖縄県全体が熱く燃えているようでした。
問題が本質的なだけに、本土との温度差が恥ずかしいと感じました。
さて、那覇のあさと御殿は素晴らしい居酒屋です。

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元は首里のそばや「御殿山」の姉妹店なのですが、そば部門がそば博物館(三越裏)に移転して、現在は18時開店の居酒屋として営業しています。
特に「夕暮れセット」がいい。大生+カラカラ+充実料理三品でなんと1300円であります。
これを4名で頼むと料理が12皿並ぶことになり、これで十分になってしまいます。殆どの人がこれを頼んでいましたね。観光客は殆どいません。地元御用達です。
場所は国際通り安里三叉路のとがったところにあって分かりやすく間違えようがありません。これから来沖される方、那覇の夕食+飲みはここがお勧めです。料理も美味しいし、女将や板前さんも面白い。

女将さん
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ライブ前からおじさん連が飲んでおり、やはり話題は県民大会です。宜野湾のコンベンションセンターの広場に11万人が集結しました。小生は、ライブの準備もあり宿で実況中継を見たのですが、暑いのにも拘わらずものすごい人でした。
読谷高校の生徒の主張が心に残りました。
「記述に根拠がないと言った人達は、僕達のおじい、おばあが嘘を言っているというんでしょうか。」という言葉は重いです。
大会は戦争体験者から若い世代まで幅広い参加がありました。小生もできれば行きたかった。
文科省もこのままでは済まないと思います。
この重要な問題に対して本土のマスコミの対応の仕方は、マスコミ全体の体質も含めて問題だと思います。
大会の後、58号は大渋滞で、大会帰りのお客さんもいらっしゃいました。
友人達も来てくれて、サンバ中心の楽しいライブができました。

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もし、ここに来られた際は、ここから国際通りを渡った真向かいの「泡盛バー」に行きましょう。
店主の大城さんは、我々のライブのコーディネーターであり、シマの飲み方の案内役でもあります。
この日で金沢さんは本土へ帰る日程でした。ご苦労様でした。
翌日は、玉城(南城市)玉々庵でのライブです。
玉々庵は元々ATUXIの友人であった大池さんの自宅でもあります。県民大会の疲れも見せず勢力的に動いておられます。
ここでお会いしたのが、牛島満中将のお孫さんで、現在は東京で教師をしておられるU氏です。
牛島中将とは沖縄戦における第32軍司令官、つまりいわゆる沖縄守備軍司令官で、1945年6月23日に自決しています。その評価は分かれるところですが、U氏は沖縄戦に関しての調査を勢力的に行なっており、今回は県民大会参加も兼ねて来沖したとのことでした。牛島中将の孫という立場ならばということで語ってくれる方もいらっしゃるようです。今回も朝から晩まで勢力的に動いておられました。
「僕と祖父が似ているところは、酒を飲むとすぐひっくり返ってしまうところだけなんですよ。」と語る笑顔がとても素敵な方です。
やはりここでも県民大会の評価について議論になったのですが、ここまで行政も含めて全県的に抗議しているのだから、このままでは文科省も済まないだろう。しかし、ありがちな「県民感情に配慮して」という理由付けは事実を認めることに関して判断を回避しているのだから、そのような理由は注意しなくてはという意見には大いに賛同できます。
さて、ライブはあまりブラジル物にはこだわらず、ジャズスタンダード、邦楽、オリジナルと取り混ぜてのソロ演奏でした。
いつも楽しみなその後のセッションはベース、三味線、ギターの大池さんをはじめ、陶芸家でサックス奏者の哲雄氏、パーカッションとボーカルのJ氏等と完全即興で疲れ果てるまで行なわれました。

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陶芸家哲雄氏の工房
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というわけで、今回も得るものが多い旅だったと思います。
天気にも恵まれたのが幸いでしたし、県民大会に対する沖縄県民の感情の噴出には深い共感を覚えました。
今回の旅でお世話になった方々に深く感謝いたします。
こんなことを書いているうちに早くも台風15号が八重山に接近しているとのこと。
大変だとは思いますが乗り切ってまたお会いしましょう。
ではでは

東村の夕陽
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2008年02月15日

比嘉盛男Live at 野方

皆様、今晩は。
先日、突如として石垣島野底在住の比嘉盛男氏から電話があって、東京は寒いよ、石垣はどう。石垣はずっと雨だよなんて話していたのですが、実は今東京にいて、今日、明日ライブやるよと。
もっと早く知らせろと言ったのですが、まあ彼の性格からしてこんなものかなと苦笑してしまいました。
彼は、小生が鳩間島に行き始めた頃に知り合った十年来の友人で、鳩間島出身、本職は石垣島の大工、かつ三線の名手かつ楽しく迷惑(?)な飲み仲間でもあります。最近は随分、紳士的ですが。
昨年聴きに行ったことのある、中野は野方の「石垣島」でのライブ。

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19時半頃開始予定なので、19時頃行ったら、ステージ前のテーブルでは、年配の紳士淑女の方々が、完璧に出来上がっています。
隣の一番いい席に通されて、彼らと話していたら石垣市立伊原間中学校の同窓生だとのこと。
13時頃から飲み続けており、盛男氏もその頃から唄っていると。
そりゃ出来上がりますよね。
伊原間中学校は、小生の友人であるT先生が、現在校長先生をやっている学校で、授業で演奏をしたこともあり、よく知っている学校です。
そんなことも話していたらすっかり同窓生と思われて、帰り際に、盛男氏と一緒に八重泉一本いただいてしまいました。
しかし、どんなに出来上がっていようとも、八重山人は一旦演奏が始まれば、音楽に入り込みとことん盛り上げようとします。

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八重山人といわず、うちなんちゅはそういう方多いですね。
そういう方大好きです。
いつもの盛り上げ役の鳩間Sさんが風邪で欠席の中、花売り娘の代役を立派に勤め上げました。

この花売り娘はお客さん(特に男性)にキスのサービスをして回っていました。
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翌日、六期生だったようですよとT先生と電話で話していたら、盛んに懐かしがっておられました。
この夜は盛男氏も興に乗っていたのか、八重山民謡を多く唄い、なかでも、つんだら節やトバラーマは印象に残りました。
彼は昨年鳩間には余り顔を出さなかったようでしたが、今は現場が鳩間だとのことで、鳩間島の近況も話題になりました。
民宿Mの食堂を改築中とのことで、春には違う様子になるそうで、また待望の桟橋の待合室が3月には竣工予定とのことで、懸案だったトイレと日陰の問題はひとまず落ち着きそうです。
この「石垣島」は移転する予定で、今月中に閉店するとのことですが、4月には中野辺りに新店舗を構えて営業を再開するとのことです。
その際は、開店記念で盛男氏のライブが再びということになりそうです。
料理はきちんと八重山の家庭料理を踏襲していて、味も量もとても満足いくお店です。
東京の居酒屋のいんちき沖縄料理には閉口しているのでこういうお店はうれしい。
シマもちゃんと適当な値段で3合瓶を出してくれるし、これからも行きたいです。
さて、そんな中、春の八重山・沖縄ツアーの5月6日の休日、連休の最終日ですね。野底の盛男氏宅のオープンスペースで地元も巻き込んでライブやろうぜということに話が行き着きました。
ここは昨年行ったことがあるのですが、野底マーペーを正面に臨んで、とても気持ちのよい場所で、ここで野外ライブをやったらとても気持ちがいいと思っていました(昨年9月の訪問をこのブログでも取り上げています。)。
友人達とはいつもやっているので、PA機材は任せろと豪語しております。
ともあれ、友遠方より来たりてまた楽しからずやということです。
ではでは

2008年05月15日

2008八重山・沖縄ツアー・前編その1・第一回明石音楽祭

皆様、今晩は。
約2週間の八重山・沖縄ツアーから帰ってまいりました。
今回も色々なことが満載で、忘れないうちに書いておかねばと思います。
長くなりそうなので、到着から石垣を前編その1、その2、鳩間を中篇、石垣後半と沖縄を後編とします。
今回は、前編その1であります。

4月25日に石垣島到着。
ピアニストATUXIと合流。
貧乏なのできよふく泊で家飲みです。
彼は21日に石垣入り、キーボード持参なので、竹富、石垣辺りでぶいぶいいわせていたらしいです。
新たな知り合いも増えたとのこと。

さて、翌25日は晴天、前半ずっとお世話になるT校長の車を借りて、本日のイベント会場、明石公民館前広場へ。
石垣北部です。市街地から1時間ほどかかります。
途中、5月5日にお世話になる伊原間たいらファミリーで昼食。
島魚もりそば。
笑っちゃいました。

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会場となる公民館前は美しい芝生で広々としていて景色もよく素晴らしいロケーションです。
実は車を借りにT校長宅へ行ったとき、近所の鳩間S吉さん宅に浦崎Y先生もいて、今日はターキーも鳩間から来るよ、教頭も来るし、鳩間S吉さんも行くからねとのこと。
何だか大事になっているような予感が。
夕刻から、1時間で木組みの堅固で上等なステージができました。
ものすごい手際のよさ。
聞けば、エイサーをやっているし、他の地区にも貸し出しているとのこと。
入場料500円で飲み放題、明石公民館主催の音楽祭の始まりです。
夕陽が沈むのがとてもきれいだった。
最初は、明石の名物おじいのハーモニカ演奏。素朴で説得力がある演奏。

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そして、伊野田在住のフルーティストと急遽ATUXIとのデュオ。
野底在住の一人ベンチャーズ。
目を閉じて聴いているといいんだけど、見てしまうと、ちと寂しい。
そして我々。

ぶれててすみません
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気持ちよく演奏させてもらいました。
聴いている地区の方々もとても気持ちよさそう。
なんだか上品な野外コンサートのようですが、あまかった。
鳩間島組がごっそりやって来て、比嘉M、浦崎Y①、浦崎Y②、ターキー、田代Hその他からなるクバヌファーズがとりに控えます。
ステージから見ると、芝生の上のお客さんの背景は山、両側は海という絶好のシテュエーション。
客席から見ると、上等なステージの後ろは倉庫、しかも煌々と照らす蛍光灯の下でのクバヌファーズの連中の酒盛り丸見え状態。
このバランスの悪さがいいんだよな。
このクバヌファーズの演奏がすごかった。

ぶれてます
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浦崎Y①の正当派三味線と唄・笛に、比嘉Mの微妙にチューニングのおかしいギターが絡み、更に微妙にチューニングのおかしい田代Hの一期一会が絡み、浦崎Y②のバイオリンが不思議な旋律を奏で、ターキーを中心としてご機嫌にグルーブしていく。
たとえようの無い混沌不思議サウンドでした。

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途中から加治工勇さんも加わり、振り付けの先生も加わって鳩間の港です。

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初日からこんな盛り上がりになっちゃった。
終演後は公民館で打ち上げ。

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公民館の畳が余りに心地よいのでそのまま雑魚寝。
あるいはT校長のバイーア風住宅へ。
とても気持ちのよい音楽祭でした。
観光客率ゼロ%。
地区住民率80%.
是非第二回もやって欲しいです。

翌27日晴れ。
朝から鳩間から持って来たというやぎ汁です。
午前中ゆっくり休んで、午後からT校長の恩師の市内大浜の加川音楽スタジオ(アミスタと言います。)へ。
この日の昼に食べた、伊原間の新垣食堂の牛そばは大当たりでした。
きれいになった明石食堂に行列するのが全く理解できません。
そもそも行列が嫌いなので、行列を見ただけでパスです。
昨日の夕方行ったけれど、何でこれを行列して食べるの?
加川音楽スタジオは元教育関係者のご夫妻が作った手作り音楽スタジオ。
とてもきれいで、グランドピアノもあるし冷房もよく効いている。
昨日とまるっきり雰囲気が変わって、サロンコンサートの趣き、ご夫人のお客様が多い中で、とてもリッチな気分で演奏できました。

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昨日の伊野田在住のフルーティストの演奏もあって、小生も共演しました。
グランドピアノだったこともあって、アフターアワーズではATUXIの裏芸も炸裂。
とてもいい雰囲気でした。
ここでいただいた歌声喫茶ともしび(新宿ですよ。)監修の「うたの世界」という本が後々役に立つことになります。
第二回も是非やりたいとのことでした。
その夜の宿舎は、県立少年自然の家。
広大な施設に我々のみ。
余った食材を持ち込んで、やはりミュージシャンは家飲みです。
おやすみなさい。

2008年05月20日

八重山・沖縄ツアー中篇・鳩間島編その1・鳩間島音楽祭前夜祭

皆様、今日は。
今回は、中篇・鳩間島編その1です。

4月30日
今日は、鳩間島へ渡ります。
小生だけ、皆より一足早く午前中の船で渡ります。
しかし、昔に比べて一日に何便も高速船が出るなんて、なんて便利になったんでしょ。
鳩間島桟橋には、出来立ての立派な待合室、トイレ付きがありました。これで日陰、雨よけ、トイレの心配はなくなりました。来年には浮き桟橋も新設されます。
今年も、米盛さんの民宿にお世話になります。自炊ですが、なんやかんや差し入れてくれるし、これがまた美味しいものばかりでてんぷらとか刺身とか、食材は調達してあるのですが、あまり困ることはありません。それに今回はありがたいことに、うちの畑を使ってくださいと言われたので、ほうれん草とか葱、レタス等、野菜に困らないことが大きかったなあ。
この宿の食事場所兼飲み場所は、昼間は島で一番涼しいガジュマルの真下にあって(勿論外ですよ。)西表を臨む海を一望、夜、裸電球をつけているといい感じの飲み屋さんみたいになります。桟橋から一番初めの人家ですから、こちらから見ていると、誰が島に入ったか必ずチェックできます。
今宵は、夕食後、母屋で洋上のピアニスト、鳩間在住のターキーも交えて歓迎会。

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楽器を持ち出してきて、予想どおりの童謡・唱歌の大合唱です。このときは、鹿川音楽教室でもらった「うたの世界」が大いに役に立ちました。歌詞が分かるってありがたいね。
主さん、勝おじいの塩辛い声は健在で、鳩間の島人たちの特徴として、声が高いのと、こぶしが一瞬とても力強い裏声にひっくり返るのです。これで、「かーさん、おかたをたたきましょ」と唄ったときは面白かった。「たんとんたんとんたんとんとん」の「たん」がものすごい力強さでひっくり返る。「おじい、それじゃかーさん壊れちゃうよ。」。大爆笑。
穏やかな曲では、おじいの歌声にR子ちゃん涙ぐむ場面も。
いつも感じるのですが、米盛家の母屋での宴会はほのぼのとして、何だかとても懐かしい想いにかられるのです。自分達が小学生くらいの子供に戻った気分とでもいうのでしょうか。とても安心できて気持ちが安らかになるのです。
小生と同道する皆さんにはこれは本当にお勧めです。
ただし、いつもあるわけではありません。
楽しく静かな夜は更けていきました。

5月1日
雨がちの天気です。
止むのを待って、ATUXIはR子さんの手によって、出家僧のアタマとなりました。TV番組当時の川嶋美容室(単なるガジュマルの下ですが。本当はもう1本右のガジュマルだったらしいね)で。

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以降、芸術家から生臭坊主、あるいは悪徳和尚のようなキャラクターに微妙に変化していったと思うのは小生だけでしょうか。
さて、この日は、ユニ(バラス島のことを島ではこう呼びます。)でライブをやるという計画が持ち上がっていました。構想6年、天候の都合で今まで一度も実現していません。
そもそも、ユニは、珊瑚の残骸で出来上がった島で幅約10m長さ約200mくらいしかなく、当然木も1本もなく日陰、逃げ場一切無しの島というよりは突起物のような場所です。

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ここに渡って、ライブをやろうというのが、通事剛さん、加治工勇さんを中心に計画されていて、出演者は、加治工勇バンドと板&カズ、あつしなのであります。

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雨がちだから、中止かなと思っていたら、4時頃、桟橋にグラスボート(屋根がある。)が桟橋に付けてあり、お客さんも乗り、雨が止んだ隙を見て出港するとの声が。急いで支度をして飛び乗ります。装備は、撤収しやすいギターアンプ3台にマイク、キーボード、発電機。
珊瑚の残骸にドカンと船を付けて、雨が落ちてこないうちに始めましょう。
剛さんの挨拶の後、我々の演奏。ATUXI唄のLugar Comum、海の歌、気持ちいいな。ギターアンプにマイク差し込んでもこんなにいい音がするんだ。反響するものは何にも無いからね。

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ビールが配られ、何故か一人二人消えていきます。ただし、物陰というものは存在せず、あえて探せば、盛り上がった丘の向こう側しかないわけで。海の中で済ますのもありですが、今日はちと寒い。
加治工さんとターキーの演奏。

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彼の曲「イダ舟」。
昔はイダ舟に乗ってこのユニの脇を走って西表へ通い農に行ったという事実がモチーフになっている。ここでこの曲を聴いて、初めて曲の意味がわかったとともに、何故ユニでライブをやりたかったのかという鳩間人の執念が少しは理解できたような気がしました。
帰りは、北風で波かぶりです。
その夜、鳩間校の教頭が、音楽祭でやる学校生徒教職員の演奏を明日指導して欲しいということで、打合せに来ました。
K教頭は、明石の音楽祭にも来ていて、小生とは以前からの知り合い。だからそんな話は聞いていましたが、その後、音楽の先生登場。
過去の経験からいって、若い女の先生を期待していたら、若い男の体育会系の先生。
タクシー・シュウテンという名前ですね。
何だかあんまり打合せをしないで飲む、飲む。

5月2日
いい天気。今日は前夜祭です。
午前中は、昨日の約束どおり学校での演奏の指導へ。
音楽室舞台へ全員が上がって、ATUXIと小生は下の審査員席。
演奏後、講評。
演奏している人の楽しさがお客さんに伝われば、上手い下手は関係ないと思うので、元気付けるような講評をしました。でも今年の生徒達は元気があるような気がします。殆どが里子で、不登校の子が多いと聞きましたがとてもそんな感じは受けなかった。鳩間に来て元気になったんでしょう。講評後は審査員の演奏。
教頭先生から、特に一人、ギターに興味を持っている中3男子がいるから見てやってくれないかとのことで、放課後、クラブ活動が終わってから個人レッスンをすることに。
Y君は、明日弾く校歌のコードがどうもあっていない箇所がある気がするとのことで、質問してきました。正解!直して弾きましょう。そうこう教えているうちに、右手の使い方に興味がある様子なので、それも教え始めるとどうしても時間が足りません。もっと教えて欲しいと目が訴えているので、島にいるうちならいつでもいいよ。でも、彼は明日の音楽祭が終わった後の夕方の船で石垣へ渡り、那覇の親のところへ帰るとのこと。それならば、明日、学校の演奏が終わった後、我々の出番前にもう1回やろう。一人で練習できる資料も作って来るから。ということで、どうしてこんなに物事に真剣になれる子が不登校になるのかなあと思いつつ帰りました。
この日から、入島する仲間が増え始めます。
今宵は、前夜祭です。
前夜祭は音楽祭と同じ場所で行なわれエントリーすれば、誰でも参加できます。涼しくて一杯やりながら見るのは最高の雰囲気。
我々関係からは、イタイター、しろももキンチャンズの豪華即席バンドがエントリー。
ボントロ・タークンは、アドリブを吹きながら舞台を降りて客席の中に入って行ってしまうという前衛芝居的荒業を披露。大受け。本人曰く、何となくそんな気になってしまった。恐るべし前夜祭。
しろももキンチャンズは、パパ・ビゴーヂでの熱唱で男を上げたユーイチが、あの興奮を再びと熱唱。
明日の天気は良いそうで。
音楽祭がとても楽しみです。

八重山・沖縄ツアー・鳩間編その1写真・鳩間島音楽祭前夜祭

遅ればせながら、nino氏のご協力により写真がアップできるようになりましたので、5月2日分を作ってみました。

nino氏撮影

暮れ行く鳩間の港
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前夜祭にて

ユーイチの熱唱
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ボントロ・タークン
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タークン、客席乱入
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鳩間オールスターズによる鳩間の港
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踊る、踊る
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この夜、クバヌファーズのメンバーであり、三味線・笛の名人であるY.U氏の自宅で夜会が催されました。

これに先立ち、ヤシガニを見せてもらいます。
撮影後は森へ逃がしてやりました。
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Y.U氏とM.H氏によるコラボレーション
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M.H氏による早弾きの妙技
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唄いましょうね
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笛も吹いてみなさい
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おいおい、そこはちょっと違うんだよ
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舞う、舞う
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楽しそうな二人
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踊る、踊る
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夜会終了
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2008年05月26日

八重山・沖縄ツアー・鳩間島編その2・鳩間島音楽祭

皆様、今晩は。
中篇・鳩間島編その2です。

写真は1枚を除きnino氏撮影
5月3日
晴れ。
これぞ、晴れという良い天気。

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音楽祭当日です。
今年の我々のステージは、前から4番目ということがわりと早くから決まっていました。
これは、きっと早くからお客さんを乗せて盛り上げろという実行委員会の意思だと勝手に解釈して、サンバでガッツリ乗せようと考えました。
今年は初めから米盛さんの当主、勝おじいをステージへ上げて太鼓を叩いてもらおうと計画していました。
昨年、勝おじいは我々のステージの最後の曲に太鼓で飛び入りして、とても楽しかった思い出がありました。
元々太鼓の名手ではあるのですが、その暴れ太鼓のような打ち方と飛び入りするタイミングの悪さから、しばしば実行委員会から敬遠されがちだったのです。
彼も、昨年は飛び入りはしてみたものの「おじいが入ってよかったのかねー。」と後々まで悩んでおり、よかったよと随分元気付けたものでした。
それならば、今年はいっそのこと始めからメンバーとしてステージに上がってもらえれば問題ないし、ステージも絵的に美しいのではないかと。
島に着いた当日から、ことあるごとに、今年はこれで行きましょう、衣装も決めましょうね、かりゆしがいいですよなどと吹き込んでおりました。
ところが、本番の朝になって、緊張したのか、海を見ながら悩んでいるとのこと。
「島にはいろんなグループがあるからねえ、俺が上がってもいいのかね。」
気持ちは分かります。そこで、主だった島人達に相談すると皆、何の問題もないとのこと。
そこで説得に当たります。
しばらく経って、決意したのか、海を見るその足元はいつもの長靴ではなく、白い靴下を履いているぞとの報告が。
早速、我が女性陣が衣装を見立てに行きます。
これで行けるぞ。
午前10時。
昨日、指導した鳩間校の演奏(風の道「平田大一、アルベルト城間 作」、鳩間校校歌)がオープニングです。

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初めはちょっと緊張した様子でしたが、前を向いて大きな声で元気に唄えました。
昨日のこともあったので、聴いていて胸にぐっと来るものがありました。久し振りに。
願わくば、来年はアトラクションではなく、ここから音楽祭が始まるという位置づけにして欲しいです。実行委員会にお願いしたい。お願いしましょう。

オープニングの鳩間オールスターズ
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学校の演奏が終わってから、昼前、昨日約束していたY君の個人レッスンを学校で行ないます。
まずは、学校の演奏はよかった。お世辞じゃあなくて。ありがちな、学校の活動だから仕方なくやっているという印象は全くなかったよ。楽しそうだった。君達の気持ちは伝わったと思うよと感想を。
今日は、天気がいいから、音楽室より外のパーゴラの下の方が気持ちいいね。
今朝作成したアルペジオのパターンと基本的なコードの資料を基に、約1時間のレッスン。
一生懸命の演奏。
今度は何時来られますか。
近くにいてあげることができればもっと教えてあげることができるのにね。
近いうちにまた会えるだろうから、練習しておいてね。
興味のあることを伸ばしてあげるということは重要だと思います。
さて、昼になって、石垣からの高速船も続々と入港して、島は大変な賑わいです。

パトゥマムゥトゥ口説
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鳩間千鳥節
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何故か太陽の周りに丸い虹が。不吉なことの前兆と言われているらしいですが、この日ミャンマーでサイクロンの被害が、そしてその後四川省の大地震が。
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我々のパパ・ビゴーヂを中心とする石垣からの応援部隊も到着して、準備万端。
それにしても暑い。
過去の経験からいって、ここはプログラム外の出来事が何が起こるかわからないので、早めに準備をしておくことが肝心です。
今年は順調です。
バンド名は「イタイカズシと愉快な仲間」・・・・・・
イタイカズシという固有名詞になってしまいました。夜になると不愉快な仲間になるらしい。
いびきのことかしら。
しょっぱなの曲から会場を盛り上げようと考えていたので、Samba De Esperancaのラヤラコーラスで乗せます。

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勝おじいは、女性陣の衣装合わせの結果、KAZUの派手シャツで登場です。
直前に演じられた、鳩間の年長者によるパトゥマムゥトゥ口説を終えて舞台袖で着替えて、太鼓スタンバイ。
ラヤラコーラスは手も左右に振り、唄ってくれています。

勝おじい
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そして、テンポ早めのサンバエンヘードへ。
客席部隊の盛り上げもあって、早くもお客さんの大半が立ち上がって踊っています。
勝おじいは、ここぞとばかり八重山太鼓を打ち鳴らします。
驚いたことに、サンバの曲は知っているはずもないのに、グルーブが合っているし、きれいにブレイクも決まります。
さすが、芸能の島の古老ですね。

唄う
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打つ
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客席も進むにつれてどんどんヒートアップしていきます。
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盛り上げてステージを終えました。汗だく。
気持ちよかった--------------。

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以降、会場の盛り上がりはそのままで更にヒートアップし、終演まで突っ走りました。
たぶん実行委員会はこういう流れに持って行きたかったんでしょうね。
プログラムの組み方は正解でした。
会場と一体となって音楽を演奏できることは本当に気持ちがよいですね。
細かいことは一切抜きでいいでしょう。これがライブの醍醐味です。
勝おじいも満足した様子、と言うか燃焼しきった様子で、いつもの乱入の気配はありません。
演奏していて、八重山太鼓と何の違和感もなくコラボできた感がありました。
正直言って、合わなくてもバテリアの音に隠れてしまえばと思っていましたが、今にして思えば失礼な話。
補佐役としておじいの隣の立ち位置で頑張ってくれたR子ちゃんの力も大きかった。
念願の八重山太鼓との共演も適い、音楽的にも本当にいい演奏でした。
早く演奏を終えたので、早くから飲みに入れます。
地元の知り合いとじっくり飲みました。真夏のような太陽の下でシマを。
今年、特に印象に残ったのは、鳩間在住の仲宗根豊さんの唄が聴けたこと。

仲宗根豊さん
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宮古出身の彼は、しばらく音楽祭からは遠ざかっていたのですが、今回、満を持して登場しました。
さすがに素晴らしい演奏。
なりやまあやぐをはじめとした、宮古の唄を八重山で聴くことは特に趣がありますし、子供たちの踊りも素晴らしいものがありました。
そして、西表在住の池田卓さんの民謡とオリジナル。

池田卓さん
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島唄をエネルギッシュに、それでいてじっくり聴かせるところは聴かせる、そして声がいい。
ステージングも好感が持てるものでとてもさわやかな印象を受けました。
八重山はこういう若手がいるから、島唄がすたれないんだろうな。
そして、トリはやはり我が兄弟小(ちょーでーぐゎー)バンド、クバヌファーズ。
明石で共演以来勝手にこう呼ばせてもらっています。プラス加治工勇、鳩間可奈子で会場総立ち。

クバヌファーズ
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我々のステージも含めて、皆、今年は今まで一番楽しかったと言う声が殆どでした。
プログラムの組み方がよかったのと、早くから組んであった(年によっては当日ということもありました。)という点が大きかったと思います。
午後5時になると、帰りの高速船が続々とやって来ます。
出演者、お客さんは全員桟橋へ移動して音楽で見送りです。

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今年も来れてよかったなあ。
島に残った人達は、後夜祭です。
無礼講です。
どんどん演奏します。

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そして、その後は、おうちで続き。
お祭の夜は、ある程度騒いでも(良識ある範囲で)許容範囲です。
Y.U.局長とM.H.氏来訪。
小生もアダナシへも急襲したような記憶が・・・・・・
この辺りになるとあまり記憶がない・・・・・・・・
ということで、充実したよい一日でした。
続く

2008年06月01日

八重山・沖縄ツアー・中篇、鳩間島・伊原間編その3・第二回伊原間音楽祭

皆様、今晩は。
中篇、鳩間島・伊原間編その3です。

写真は殆どnino氏撮影

5月4日
今日もよく晴れています。
昨日は遅くまで騒いでいたので、寝坊する雰囲気でしたが、朝6時30分、音楽祭実行委員長K.T.氏が「後片付けをしますよー。」と家々を回って来ます。「板垣さんもお願いしますねー。」と名指しされては行かないわけにはいきません。たたき起こされた状態で、テントやステージの片付けのために会場へ。朝食も摂らずに朝から力仕事です。
おかげで、涼しいうちに8時までには終了し、その後はぶがりなおし。要は打ち上げです。朝から飲みます。ま、適当に。
この日は、夜まで特に予定もなく、天気も良かったので、西のビーチへ行ったり、北のリーフへ行ったり、散歩したり、昼寝したり、皆思い思いにのんびり過ごします。
この静かなのんびりした鳩間島はとてもお勧めです。
今夜は、毎年Sさん宅の庭でミニコンサートをやることになっていて、午前0時を回った時点で、5月5日が誕生日である島在住のピアニスト、ターキーの誕生祝をとりおこなう事が恒例になっています。
ケーキを作りたいところですが、島には材料がないので、毎年女性陣が苦労して何とかそれらしきものを作って、昨年はろうそくがなかったので、U家のトートーメー(本土の仏壇ですな。)のろうそくを拝借しておりましたが、今年は気合が入っており、上等なものができる様子。
ところが、肝心の本人がU家もろとも石垣へ出かけてしまったとのことで、不在。
これには「えーーーーー。」
ただ、明日の伊原間のコンサートに出演するとのことなので、ちゃんと誕生日にはお祝いできるわけで、とりあえずほっとします。
午後からは、今日の午後便で戻るにんにく大王の見送りパゴーヂを瑠璃のお庭の食卓で開催。
この瑠璃の建物は、TVドラマ「瑠璃の島」の撮影の際に、スタッフの宿泊用に建てられたと記憶しているのですが、桟橋から上がって一番初めの人家ですから、見晴らしが抜群で、特にこの庭の食卓は毎食利用するわけですが、巨大なガジュマルの下はとても涼しく、よい風が吹くのです。日なたとは温度が5度くらい違うんじゃないかな。
そして、この食卓を囲んでの大王見送りテーブルパゴーヂ、最上の音がしました。

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弦楽器の音がとてもクリアでよく響く。
やっぱり生音はいい。
最高にゴージャスな時間を過ごします。
金のかかった豪華リゾートホテルなんかとは次元が違う(もっとも行ったことがないのでよく分かりませんが。)贅沢さ。

大王の見送り
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船出
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そして、夜は恒例S家でのミニコンサート。
この夜は、連日の出来事で皆の疲れがピークに達していたのか、演奏中に眠気が襲ってきます。
演奏している場所が暗いせいもあって、段々意識が朦朧としてきて、これはいかんと声を大きくして唄うのですが、後で聞いたら何故か演奏者が全員同じ瞬間に意識朦朧となった瞬間があったとのこと。でも手は動いている。
小生はこのとき、視界の片隅を何か白いものが横切ったような感覚を覚えました。
何か来たんでしょうか。
ま、写真を見てやってください。

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終了後、また庭の食卓で飲み直してこの日は熟睡。

5月5日
この日から天気が崩れるとの予想でした。
案の定、雨雲がやってきて、やがて大雨。
よくバケツをひっくり返したとの形容をしますが、まさにこのことでしょう。
桟橋への道が川になっているし、外に出ればそのままシャワーを浴びることができます。
でも、鳩間はこの雨がたまるところはないのです。それで昔は苦労していました。
今日は石垣は伊原間のコンサート。
大丈夫なのかな。
午前中の便で石垣へ渡ります。
今年の音楽祭は皆本当に楽しんだようでした。
今までで一番楽しかったとの声が殆どの人から聞こえてきました。
音楽祭もさることながら、島人たちとの交流も皆で出来てとてもよかったと思います。
放っておけば住民がいなくなってしまうような過疎の状況の中、島人達が強い意志を持って守っている伝統芸能の宝庫の島です。
ここでブラジル音楽をやるということに対して、沖縄の音楽が好きなだけに、始めはとても躊躇しましたが、気持ちよく受け止めてくれた島人たちのおかげでこうして今まで楽しく交流できています(きっかけはこのブログの沖縄編にありますが。)。
島人は、伝統芸能に対してはとても厳しいのですが、音楽が大好きです。音楽を大切にしています。
スタイルの違いはあっても、音楽に対する尊敬の念は変わらないのです。だから、この島で演奏することは自分達の音楽に対する尊敬の念を試されているような気がします。
そして、音楽で交流できた時点から深い深い付き合いが始まるのです。
楽器が出来ないとか、ミュージシャンではないからとかそんなことではありません。
一緒に大声で童謡・唱歌を唄えればいいのです。
正式なイベントとしては、音楽祭だけでしたが、やはり鳩間島で過ごす日々が最も印象に残りますね。
雨の桟橋を後にします。
さよなら、みーなーとー。

今日は、石垣北部、伊原間はたいらファミリーでのコンサートです。
大揺れの高速船で石垣港へ着く頃には雨も小降りになっています。
久し振りのT校長の車。またお世話になります。
こんな雨でもやるかね。去年は、あっという間に道にまで客席をこしらえてしまった地区のことだから、たぶん雨除けの大仕掛けを考えているだろうな、屋根でも作っちゃうんじゃあないのなどと話しながら市街地から車で50分ほど。たいらファミリーへ。
案の定、会場の庭に公民館のテントがびっしり設営され、足りない部分はブルーシートで屋根が出来ています。芯棒の木がゆらゆら揺れていますが、こういう方が風には強いとのこと。なるほど。
ここは、昨年に続いて2度目のコンサートです(昨年の様子はこのブログの沖縄編にあります。)。
昨年で様子が分かったようで今年は更に気合が入っているようです。
翌日が休日ということもあって、お客さんも地区の皆さんを中心としてぞくぞくと集まって来ています。
我々は、関係者も含めて総勢20名ほど。
宿も食事もお世話になります。
ここは石垣の屈指のP.A.業者が入り、音響もいいし、何より公民館を中心とした地区の方々の手際がものすごくよいのです。
どんな状況でもなんとかしてしまうイベント慣れ民族です。頼りになります。
昨年と同じように、演奏が始まる夕方頃には天気が回復してきました。
行くぞー。

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今年は、ブラジル音楽に加えてオリジナルサンバ歌謡(KAZU作詞、小生作曲)もがっつり演奏しました。

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特に、パパビゴーヂで初演した「オッブリガードな世界」は、フレーボのリズムで分かりやすく踊りやすく、しかもカチャーシー(早節)とテンポがほぼ同じということもあって、全員総立ちで踊りまくり。大受け。

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対バンは、昨年は美崎町の民謡スナック浜辺のバンドでしたが、今年は昨日石垣へ一足早く渡ってしまったターキーを始めとする、鳩間M.比嘉バンド!!
島唄を中心として素晴らしい演奏です。

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たいらファミリーバンド
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そして、今年はとても素敵な芸能を見させていただきました。
宮城さんの「職業口説」。
ま、写真を見てください。

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唄と踊りですが、普段は真面目そうで静かなおじさんが、ステージに上がると一変。
八重山・沖縄はこれがあるから面白い。
交通安全ネタで有名、啓蒙活動で表彰も受けているとのこと。
普段は、美崎町の民謡スナック「島育ち」に出演しているようで。
今宵は、観光客相手ではないので、思い切り長くやったようでした。
本当に笑い死ぬかと思いました。
大変によいものを見させていただきました。
とてもよい雰囲気で、そして、お客さんも皆はじけて楽しみました。
パパビゴーヂで友人となった白百合醸造元の池原さんや鳩間でご一緒したミュージッシャン、パパビゴーヂのお客さんたちも急遽駆けつけてくれました。
そして、鳩間の島人たち。ありがとうございました。
晴れて、ターキーの誕生日祝いが出来ました。

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今年は、この伊原間、明石と石垣北部で演奏できたことが貴重な体験でした。
来年も、更に深く交流したいですね。
ではでは

2008年06月07日

八重山・沖縄ツアー後編・パパ・沖縄本島編

皆様、今晩は。
いよいよ旅も終盤です。

5月6日 
予定では、野底のM.H.氏宅で、コンサートをやろうかという企画でしたが、予定が合わず、急遽、パパ・ビゴーヂで2回目のライブ、ただ、4月29日と同じことをやっても芸が無いので、テーブル・パゴーヂをやろうと、生音で。それも、地元のミュージッシャンにも参加してもらって飛び入り有りで盛り上がろうという企画になりました。
この旅で、生音の気持ちよさ、飛び入りの面白さ、ジャンルのチャンプルーの楽しさをさんざん味わってきた集大成です。
急な申し入れに快諾していただいた、パパ・Mさん、ありがとうございました。

さて、ブラジル街角音楽団一行は、楽しかった伊原間を後にして、軽のライトバン・校長車でせっかく北にいるのだから、石垣の北端、平久保灯台、平野集落へ行って、西回りで市街地に向かおうと、ついでに野底のM.H.氏宅にも寄ってみようと、のんびり出発しました。
石垣島の北部は、殆ど走っている車も無く、信号も無く、快適なドライブです。

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サンバ歌謡新曲「オッブリガードな世界」は、どこでやっても大受けだったのですが、その歌詞で「たけしもあつしも空元気」というくだりがあって、あるとき、なぜかATUXIが「・・・空元気・・・」と唄ったあとに「わーーーーーーーーー」と大声で発声したのがはまっていて、以降我々の間で突然「わーーーーーーーーーー」と大声で叫ぶのが面白くなっていました。
いいおっさんがね。
平久保灯台で、あまりの見晴らしのよさに気持ちがよすぎたのか、KAZUが、「わーーーーーーー」っと。
近くにいたご夫婦がびっくりして「何かあったんですか!!!」。
そりゃそうですよね。
ごめんなさい。

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野底のM.H.氏宅からは、野底マーペーが真正面に見えます。

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十五夜の頃は、マーペーから月が上がってきて、それを眺めながら、飲み、唄うとのこと。
最高でしょうね。
この季節、石垣の西ではもずく採りが最盛期です。
この日の宿は、鳩間島へ渡る前に飛び込みで急遽決めた場所。
ここは絶対にお勧めの場所です。
安くて、広くて、きれい。パパ・ビゴーヂまで徒歩1分。
官公労共済会八重山会館(沖縄県官公労共済会福利厚生施設)です。
大当たりでした。
この夜は、池原コーイチさん、レンさんをはじめ飛び入りの方々も多く、また、鳩間島でご一緒した方や、伊原間でご一緒した方や、お店のお客さんもなごみまくって、曲の説明もしないでどんどんサンバを唄っていきました。

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4月末から石垣・鳩間でサンバをやってきて、ここでサンバをやるのが、パゴーヂをやるのがものすごく自然なことのように思えて、何の気負いもなく、力も抜けて皆さんと楽しい時間を過ごすことができました。
テーブル・パゴーヂ、投げ銭方式はお店としては初めてということでしたが、とても楽しかった。
この方式もまたやりたいですね。
パパ・Mさんはもちろんのこと、島の皆さんに本当に感謝します。

5月7日
今日で、KAZUとR子ちゃんとはお別れ。
小生とATUXIは沖縄本島へ渡り、那覇でライブです。
お疲れ様でした。
桟橋通りを、鳩間島のU兄弟が港へ下って行ったのを見たよ、一昨日とおんなじ服装だったよとの報告が。
終わったんですね。

さて、心機一転。
ついでに、小生デジカメがバッテリー切れのため、写真がありません。
何卒ご容赦を。
とともに、素晴らしい写真を提供してくださったnino氏、ありがとうございました。

今日は、那覇は東町「サクレ」でのDUAS INTENCOESのライブです。
ここはグランドピアノがあって、普段はママさんがJAZZの弾き語りをしているお店です。
昨年に続いて二回目のライブ。
おかげさまで満席です。
ママさんの唄が、すごくよいのです。去年も感じましたが。
声が魅力的で、まだ若いのに自分のスタイルを持っているし、プレイヤーとのインタープレイも緊密で。
東京にもこんな人はあまりいませんよ。
当然、ゲストボーカリストとして数曲唄ってもらいました。
Black Nile(ウェイン・ショーターの曲です。)のボーカル版は始めて聴きました。
今度は、ママさんをメイン・ボーカリストとしてステージを組んでみたいですね。
ただ、この場合は、臨時ママさんとして浦添在住のN子さんの協力が不可欠ですが。
そして、この夜から翌朝にかけて、ちょっとしたアクシデントがあり、N子さんに助けを求めることになります。
お世話になりました。
本当に助かりました。

5月8日
長かったようであっという間に過ぎてしまった感もある八重山・沖縄ツアーも今日が最終日。
南城市は玉城「たまたま庵」でのライブです。
移動途中の昼ごはん。
豊見城の「最強食堂」、確かに最強ですな。
お勧めです。
「たまたま庵」、ここは我々の友人、O氏の自宅でもあり、お客様は地元の方100%です。
いつもライブ後は、地元ミュージッシャンの方々とジャムセッションになだれ込みます。
この展開が、いつも凄い。
誰かがきっかけを出して、お互いの音を聴きながら、フリージャズ状態へ。
コルトレーンからマッコイ・タイナー、登川誠仁からデレク・ベイリー、モードジャズから童謡、
クラシックからハイサイおじさん、70年代フォークから島唄、反戦歌からスゥィング・ジャズへと、力尽きるまでフリーセッションデスマッチ!!
小生も疲れから朦朧としながらも手だけは動く。
そういえばこんなことあったな。
燃え尽きました。

5月9日
帰京の日です。
この日の昼ごはん。
豊見城の「海洋食堂」
ここも素晴らしい。
隣で食事をしていたおじさんの、スパゲッティナポリタンのようなものが実に美味しそうで、食べたいなーと思ったのですが、お品書きのどこを探してもそれらしいものはありません。
あとで、N子ちゃんに聞いたら、それは焼きそばだろうとのこと。
沖縄の焼きそばは、沖縄そばを炒めますが、南部ではケチャップで味付けをすることがあるとのこと。
そういえば、確かに箸で食べていたな。
具は何が入っているんだろ。
気になる。
閑話休題。

思えば、沖縄の音楽、八重山の音楽が好きになって、十数年。
そして、この地で自分の音楽を表現できるようになって、多くの人達と知り合って、色々な状況があること、地域の事情、地域の人達のつながり方、やまとに対する「うむい」、芸能への接し方、芸能の愛し方、そして何よりも、生まれ育った沖縄・八重山を慕い尊敬する心を、訪れるたびに吸収させてもらっています。
自分が音楽家であるゆえに、こういう接し方しか出来なかったとは思いますが、暖かく受け止めてくれて、時には戒め、時には教えてくれて、そして殆どの時には一緒に音楽することや、生きていくことの喜びを共有してくれた沖縄・八重山の方達。
あなた達が大好きです。
ありがとうございました。
また、一緒にやりましょう。
近いうちにね。
ではでは

2008年07月09日

うちなージャズマン

皆様、今晩は。

毎年、もう恒例となった感がある、旧暦八月十三夜から十五夜を中心とする八重山ツアーの企画を立てています。

旧暦8月13日(新暦9月12日)は石垣島で、とばらーま大会が開催されます。
これを楽しむことと、鳩間島で十五夜を過ごすことが毎年の大きな楽しみなのです。
もちろん、前後に演奏の仕事もしなければいけません。

で、今回初めてライブでお世話になりそうなお店がありまして(まだ、決定ではないので残念ながら名前はふせます。)、ここは、今年の春の八重山・沖縄ツアーのつながりから話が出てきたものです。
石垣島にあるこの店のオーナーでマスターのバンドリーダーのUさんは、始めに名前を聞いたときから何か引っ掛かりがあるなと思っていました。

電話で話しました。
「Uさんて、昔、芭蕉布にいませんでした。」「いたこともありますよ。」「笛も吹きますよね。」「はい、キーボードとかフルートも。」「手品、得意でしょ。」「うん、それは僕の常套句だよ。」
まだ、子供(中三女子)が小学校に上がる前に、何回か連れて行った民謡酒場「芭蕉布」で演奏していた方でした。
子供に手品を見せて、彼女が喜んでいたことが思い出されます。
その何年か前にも、閉店後に一緒に美崎町に飲みに行った記憶もあります。
このブログにも書いてありますがで、おばあと一緒に芭蕉布で飲んでいた頃じゃあないかな。
その後、芭蕉布にも行きましたが、彼は既に辞めていて、民宿を開くとの噂を聞いたものでした。
もう十年くらい前のことです。
盛んに懐かしがって、「会いたいねー。」
小生も同様。
その後、鳩間島に入っていったわけですから。

ベース(米軍基地ですね。)上がりの生粋の、うちなージャズマンです。
うちなーのジャズというのは、本土から輸入されたものではなく、占領された後に生活と密着して育ってきたもので、とても興味があります。
当然、ちゃんぷるーが根底にあるわけで。

うちなーんちゅはとてもジャズが好き。
ジャズナンバーのリクエストをいただくこともよくあります。
小生も、昔はジャズをやっていたこともある身。
今は、自分なりにジャズナンバーをとらえて演奏したいと思っていますし、ATUXIという強力な仲間もいるし、こんな形で交流できてもいいかなあと思います。
飲み屋さんと併設で民宿もやってるよと言ってました。

そういえば、屋久島で今月末に演奏するお店のマスター、Fさんとの出会いも似ているな。
彼の場合は35年位前ですけれど。
続けていると面白いことってありますね。

ではでは

2008年10月03日

2008.台風13号の八重山・沖縄

皆様、今晩は。

9月22日に秋の沖縄・八重山ツアー約二週間の旅から帰ってきました。
今回は、出発する前の懸念的中。台風13号によってかき回されました。

那覇、「サクレ」は美可さんのボーカルを大きくフューチアして、とてもジャジーな演奏が出来ました。
彼女のボーカルは声、雰囲気、ノリとても素晴らしい。
三回目の共演になりますが、より息が合ってきて、近いところにいればレギュラーでやりたい感じです。
そして、翌11日は、おなじみの南城市は玉城、「玉々庵」へ。

この頃から台風を感じさせるおかしな風が吹き始めます。
ライブは、こじんまりした中にも新しいお客様もいらっしゃって、地元ミュージッシャン代表、T.I.さんがセッションで大活躍。
主さんのOさんもベースや三味線で参戦します。

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さて、翌日からが問題。
12日、13日が八重山を台風13号が直撃ということで、しかもジョギング並みのスピード。
石垣行きの便は全便欠航です。
沖縄は、時々風雨があるものの静かな天気です。
こうなったらどうしようもないので、翌日もライブ。
連日来てくださった方、ありがとうございました。
結局、飛行機が飛ぶ14日までOさん方にお世話になりました。
Oさん、Cさん、Nさん本当にありがとうございました。
おかげで、ゆっくり読書したり(玉々庵には沖縄関連の図書が豊富にあるのです。)、玉城近辺を散策したりすることが出来ました。

城(ぐしく)跡
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結局、13日に予定していた、石垣「パパビゴーヂ」のライブは中止です。
もっともこの日、石垣は出歩ける状況ではなくお店も休業したということでした。
残念。

ようやく14日は飛べるということで、那覇空港へ行ったら出発ロビーは大混雑。
台風のせいかなと思ったら、ANAのコンピューターシステムがダウンして、手書きで手続をしているため入場制限をしているとのことで、ダイヤはめちゃくちゃ。
乗るまでに数時間も待たされます。
ところが乗った飛行機はがらがら。
石垣空港は、強風のためにいつもとは逆の方向から着陸します。

着いたところで、何時もお世話になっているT校長先生から夕方、大川のS.H.さんのところへ来なさいと電話。
お馴染みの野底の唄者M.H.さんもよい加減でご機嫌で。
どうも歓迎会だったようです。
S.H.さんお得意の烏賊料理を堪能しました。
明日は船は走らんだろうねとの予測。
とばらーま大会が台風のために明日15日に延期されたので、それだけでも見ようかという気になっていました。

翌朝は、強風ですが南風。
朝、鳩間のK.U.さん(安栄の代理店もやっています。)から、1便が走るとの電話が。
迷いましたが、ATUXIは初めてのことでもあるし、とばらーま大会(結局市民会館開催でした。)を見たいということで、小生一人で先に鳩間へ渡ります。
買い物をしている時間はあまりないので、とりあえず米、キャベツ、ナーベラーだけを背負っていきます。

渡った日は、南風の強風で海沿いの家は窓を開けることも出来ませんでした。
翌日からは天気が回復してようやく鳩間島らしい天気になってきました。
朝、米盛さんと民宿Mのおやじさん、K.T.さんが何故か北海道から直送されてきた秋刀魚の刺身を肴に飲んでいます。
小生にも声がかかり、昨日は敬老会をやってその後音楽会をやったのだが、あんたは来なかった。
せっかく島に来ているんだから音楽会をやろうではないか、ちょうど島の片付けの手伝いに学生も来ていることだから、今晩公民館でやろう、俺が段取りをつけるからと音楽会開催即決です。
実に鳩間らしい決まり方。

1便でATUXIが石垣から渡ってきました。
天候はよいのですがひどく船が揺れたということでかなりへばっています。
今宵の音楽会は、公民館主催の交流会という名目でお客さんも数十名とかなりの賑わい。
我々の演奏と、ちょうど島に来ていたオーストラリアの原住民、アボリジンの民族楽器、ディジュリル(長い筒を地面に据えて長い音を息継ぎせずに噴出す楽器です。)との即興演奏、三味線の達者な観光客
の方の演奏、そしておなじみ加治工バンドの演奏と、楽しいコンサートになりました。

ディジュリル
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交流会の加治工バンド
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聴衆の皆さん
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やっぱり最後は鳩間の港
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今回は、滞在期間も短いので食料を予め送るということはしないで、石垣で調達したものと浦崎商店にあるものでしのごうと思っていました。
例えば着いた日の昼食はキャベツと魚肉ソーセージの炒め物にキャベツの味噌汁。夜は魚肉ソーセージと玉葱を使った焼き飯とキャベツの味噌汁。
翌朝は魚肉ソーセージと玉葱を具材にしたソーミンチャンプルーとナーベラーの味噌汁とか、似たようなものですがなかなか美味しく食べれます。
玉葱とじゃがいもは売っているし、たんぱく質系は魚肉ソーセージとポークを売っているし、スパゲッティやら何やらあるし、台風で畑の野菜は使えませんでしたが、あまり不自由に感じませんでした。
そして何よりも、米盛さんをはじめ色々と差し入れがあり、これがご馳走。
刺身、てんぷら、豆腐、焼き魚等々
昨年のように十五夜の月を拝むことは出来ませんでしたが、やっぱり鳩間は楽しいです。

北の海は荒れていてもぐることは出来ませんでしたが、野生の山羊の群れと遭遇。
ボスは大層立派な角を持っているオスで、さすがに迫力がありました。

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翌日は朝から晴れて暑くなりました。
午後から学校の特別授業をやることになっています。

校庭
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昨晩、教頭先生を初め音楽の先生らと、どのような授業を行なうかを議論して、ブラジル音楽、民族楽器ディジュリルとの即興演奏、そして身近にあるものを楽器にしてみようという体験型授業を企画しました。

講師
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ディジュリルは吹く楽器なので、塩ビパイプのような筒型のものなら同じような吹き方で音が出せます。
打楽器としては、筒、例えばトイレットペーパーの芯やラップの芯を使ったガンザとか、叩きものは、ゴミ箱、やかん、じょうろ、洗面器等々。
演奏しながら、世界地図を使って音楽の出所の説明をしながら楽器体験に進みます。
始めは恥ずかしがっていた子供達も、段々乗ってきて興味津々、最後は奪い合うように楽器に触り始めました。
そして、今授業でやっている「島人の宝」を皆で合唱します。

何だか5月のときよりも子供達はいっそう元気に、人懐っこくなっているように感じました。
我々のことを覚えていてくれて積極的に話しかけてきてくれます。

夕方からは、5月にも教えたY.H.君のギターの個人レッスン。
レッスン前に、島に来ている学生達のコーチによる陸上のクラブ活動(生徒全員参加です。)を見ていたのですが、みんな頑張る、頑張る。1000m走を何本もやったり、短距離走も全力で。
見学している小生の後ろで低学年のちびちゃんたちと女の先生がきゃっきゃやっていたりしますが、全ての子供達に皆の暖かい視線が向けられているのがよく分かります。
Y.H.君は長距離走の後、着替える時間も惜しんでそのまま音楽室でレッスンです。
5月に教えて以来、毎日熱心にギターを弾いているそうで、今回のレッスンもとても楽しみにしていてくれたそうで、日が落ちるまで1時間強、アルペジオを中心として、昼間皆で演奏した「島人の宝」を素材にレッスンを進めました。

鳩間小中校は現在、生徒数9名。そのうちY.H.君を含む4名は中三なので来年卒業して島を出て行きます。また中学に進学する1名も沖縄の学校に進学するということで来年度は生徒数が4名になってしまいます。
入学したいとの引き合いは結構あるらしいのですが、里親のなり手があまりなくなってきているとの問題があります。
里親を始めた人達が高齢になってきて、受け入れが難しいという問題があります。
山村留学センターのような機関があればなぁとは思います。
Y.H.君も来年は沖縄の高校に進学したいということで、将来はサッカーかギターをやりたいとのこと。
頑張れよ。ちばりよー(沖縄の方言で)。

夜は、教頭先生をはじめ先生方と打ち上げの酒をいただきました。
米盛家差し入れのご馳走が大変ありがたい。

北の海が荒れているので、対照的に全く静かな学校の外側の遊歩道の端から南の海へ入ってみましたが、以外に面白いことを発見しました。
北のように緊張することや痛い思いをすることは全く無く、300mほども泳げば、珊瑚もきれいで、魚も、北ほどではないにせよ色々と現れます。
この日は好天でしたが、北西の風が強く、上原航路は欠航でした。

翌日は、鳩間から石垣に渡ります。
鳩間は特に予定はないのですが、突然のイベントが入ったり、飲み会があったり何時も何だか忙しいのです。

時間があるから練習しようぜと、渡る前はATUXIと言っているのですが、行ってしまうと練習するような景色じゃなくなるんですね。
子供達が元気なこともよかったし、やっぱりここはいい。
一切の無駄を削ぎ落とした生活がおくれることと、情報ではなく、人と向き合った生活ができるということが魅力なのかな。

ここで、一つ報告を。
来年2月を目標に、鳩間島としての芸能公演を東京、大阪で開催することを企画中とのこと。
1000人規模のホールで、収益は島興しのための基金にしたいということで、着々と準備を進めています。
具体的な話になりましたら、皆様ご協力よろしくお願いいいたします。
とりあえず、第一話はここまでで。
ではでは

2008年10月18日

台風13号の八重山から戻って、その2

皆様、今晩は。

午前中の船で鳩間島を出発し、その日は石垣は美崎町の「S」というスナックで演奏するため、ミュージッシャンでもあるれんさん、ミヤコさんご夫婦が営む民宿「楽天屋」に投宿します。
石垣中心街にあるとてもスローな宿で、ミュージッシャン割引料金があるのがとても嬉しいのですが、それにも増してこの後、お二人には大変大変お世話になり感謝の言葉も無いくらいなのです。

まずは、美崎町の「S」。

5月に演奏して、良くも悪しくも想い出に残った場所なのですが、連絡の取れなかった店とやっと連絡が取れたと思ったら、なんとママさんが今北海道にいるとのこと。
なんでかねー。
お店は開けているものの現存するスタッフでは頼りなくて出来ないと。
それはないでしょとは思うのは当然ですが、だからと言ってどうなるものでもなく、急遽中止。
どうしましょ。今日はパパ・ビゴーヂも定休日だし。

そこで、れんさんに相談したところ、ライブが出来そうな場所に心当たりがあるとのお言葉。
登野城の「ステラ」を紹介してもらいました。
ここは、かのにんにく大王様もお気に入りの店。
マスター、ママも快く承諾していただいて今夜の投げ銭ライブが急遽決まりました。
さて、そこから予告も何もしていないので、関係者電話かけまくり。
おかげで盛況のうちにライブを終えることができました。
こじんまりとしたアット・ホームなお店で、音楽的な雰囲気がとてもあります。
お客様にもお店のスタッフにも大変喜んでいただけて、美崎町ではなく、却ってこっちの方でやれることになって良かったと思いました。
皆様に感謝です。
特に段取りをつけていただいて、またミキサーも務めていただいたれんさん、本当にありがとうございます。
来年春のツアーはここ「ステラ」でも必ずやりましょうと約束したのでした。

ステラ
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翌日はここ何日か続いているとても良い天気で暑い。しかもオフのよき日です。
二人とも自由行動。
ATUXIは、かねてから興味を抱いていたカヤックを経験しに、宮良川へ行く手配を早々に済ませています。
小生は、T先生の車を借りて5月にライブをやった伊原間のたいらファミリーを訪れてみることにしました。
5月のたいらファミリーのライブで見ることが出来た、石垣名物、交通安全おじさんの宮城さんが先月(8月)に亡くなられたとのことを鳩間で聞いてものすごくびっくりして、あのときのパフォーマンスが長いものとしては最後だったんだなぁと想ったこともあったのかもしれません。

在りし日の宮城さん
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たいらファミリーはいつものとおりのんびりした雰囲気です。
近くの浜へ潜りに行こうかなと思っていたところ、そこ(太平洋側―南側です。)は台風にやられて何も無いとの奥様の助言。
偶々お客さんがいて、主さんの正吉さんが船を出すとのことでそちらに便乗させていただくことが出来ました。

伊原間は、石垣島が南北で最も細くなっているところ。
ファミリーの近くの浜は太平洋側で、船が繋留してある港は北側の東シナ海側ですが、車で5分もかからないのです。
漁船に乗って約3時間。
リーフ内の静かな海で素潜り。
らくだ貝(くも貝とも言うらしい。)やら何やら収穫が結構ありました。
船の上では海人(うみんちゅ)の正吉さんが本当に頼りになります。
陸に上がったときとは比較しないでおきましょう。
よろしければ、たいらファミリーのボートエントリーもお勧めです。
安心して楽しめます。
本日の収穫をご馳走になって楽天屋に戻ります。

本日の収穫等々
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ここは外見も中味も田舎の家に帰ってきたような心持になれてとてもよい。
カヤックを楽しんできたATUXIも快く疲労したようで、二人とも今晩はどこへも行かずにバタンキューでした。

翌日は、近所のジャズのお店、「すけあくろ」でのライブ。
このツアーを始めてやっと二人でリハをしました。
今まで時間はたっぷりあったのに。
鳩間にいると、時間はあるのですがリハをしようという気持ちがどこかへ行ってしまいます。
言い訳ですが。

「すけあくろ」はジャズのお店ですから、多少その辺を意識した選曲になりました。
音響は5月にもお世話になったSさんで、とても気持ちよく演奏できました。

すけあくろ
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終了後、と言うよりはアフターアワーも第3部ということにして参加型セッションにしようかなと思っていたところ、酒と料理が到着。
お客様も一緒に打ち上げになだれ込んで行きました。
そしてこの場で、最終日の明日、台風で中止になったパパ・ビゴーヂのライブを投げ銭方式テーブルパゴーヂでリベンジしようぜとまたまた急遽決定しました。
我々の勝手なお願いに対して快諾していただいた、パパ・村上さん、ありがとうございました。

ところで、楽天屋は、家屋と一緒なので、ご家族の日々の暮らしとも一緒なのですが、昨日から、キーボードやらギターやら練習しているブルースの心地よい音色が聞こえてきます。
聴いている音源もとても渋いブルースやジャズブルースなど、れんさんがやっているのと聞いたら高校生の息子だとのこと。
ちょっとびっくり。
好みが渋すぎ。でも練習している音を聴くとうまいねーーー。
コンペでも相当なセンにいっているとのこと。
将来が楽しみですね。
さすが音楽家夫婦の子供。

一夜明けた今日は急遽決めてもらったパパ・ビゴーヂの投げ銭パゴーヂ。
宣伝も出来なかったのでお客様がどれくらい来てくださるのか、心配でしたが、結果的には、よいタイミングで混んで、よいタイミングで空いてもらえたというところでしょう。
空けばパパ・村上さんがパゴーヂに参加できますから。
パパ・村上さんありがとうございました。
そして、本日所要で来れなかった、白百合―池原酒造―コーイチーミュージッシャン、ありがとうございました。
いただいた白百合古酒、絶品の美味しさです。

白百合古酒
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来年5月のツアーでは、パパ・ビゴーヂライブと投げ銭パゴーヂ、両方やりましょうと話は早くも決まりました。

パパ・ビゴーヂ、なんだかリラックスしてます。
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石垣でも沢山の方々のお世話になり、何とかライブの本数も台風の影響で少し減らしただけで、終えることが出来ました。
石垣に戻ってきてからは、れんさん、ミヤコさんの全面的なバック・アップに甘えさせていただきました。
感謝の言葉に堪えません。
そして、パパ・村上さん、有り難うございました。
今回の旅は、人に支えられて台風もまた、よし・・・・というところでしょうか。
ではでは

2008年11月09日

八重山・鳩間島との出会い・第三回

皆様、今晩は。

思い出してみると、今まで小生と、沖縄、八重山、鳩間島との関わり合い始めについて二回書いていました。
その後、リアルタイムでツアーのことなどを書いていたので関わり合いの第三回というのはもう一年以上も失念していました。
何だか物忘れも頻繁なので今一度確認の意味で思い出しておこうかなという気持ちです。

読み返してみると、第二回は、来年の鳩間島音楽祭(当時は春だけでした。)には来いよと鳩間人(はとまんちゅなどと言っていたりします。)に言われて島を離れたところまででした。

来いと言われて行くのはやぶさかではないのですが、果たして伝統芸能の島の音楽祭にブラジル音楽を演奏しに行っていいものかどうか悩みましたね。
勢いで演奏したのはプライベートな場ですが、音楽祭となると公的なもの。
親しい友人となった鳩間の商店の店主、K.U.さんにそのような悩みを相談しました。

彼は、音楽祭の内容を仕切るプロデューサーのような立場の人ですし、音楽的な視野も広い。
この音楽祭を民謡オンリーの八重山離島のありがちなそれではなく、色々なジャンルの音楽が楽しめる音楽祭にしたい、それを島の音楽祭の個性にしたいと主張します。
だから、何の問題もないと。好きなように演奏して欲しいと。
ま、そう言ってくれるのであればと、翌年はいつも一緒に演奏している、ITAeKAZUのボーカル、KAZUとデュオで参加することになりました。
もう7年くらい前でしょうか。

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その頃には、島の人達とある程度人間関係が出来つつあり、島外からのお客さん達よりはむしろ島の人達が我々の演奏を楽しんでくれたような印象があります。
島外の観光客は伝統芸能の音楽祭を期待しているんでしょうね。
島人(しまんちゅ)は音楽好きで、普段聴いている民謡とは別のジャンルの音楽をとても楽しんでくれている印象でした。

そしてこの年、決定的な出会いがあるのです。
K.U.さんの本家の長男Y.U.さん、そして四男のピアニスト,ターキーとの出会いです。
U家は元々鳩間島の古い家系ですが、事情があって島を離れていたところ、この一、二年で長男を始めとして島に戻って来ました。

Y.U.さんとはそれから親戚のような付き合いになり、彼の表現によれば、家人数(やーにんじゅ)、つまりお前は家族だと。
何故、やーにんじゅなのに家に来ないで民宿に泊るか、とありがたいお言葉をいただき、以後数年間、Y.U.さんのお宅に寄宿生活をすることになります。

四男のピアニスト,ターキーは、当時は那覇の松山(結構お金のかかる飲み屋街です。)のクラブの専属ピアニストで、偶々音楽祭で来島しておりました。
会った瞬間から、こ奴は仲間だ、とお互いに思ったんでしょうね、子供の頃からの友達のような感覚になりました。

長男Y.U.さんは、末の弟、ターキーより約20歳年上です。
ターキーは生まれてまもなく両親を亡くしていますので、Y.U.さんは兄弟とはいえ、殆ど父親のような存在です。

Y.U.さんは島始まって以来の秀才で、琉大を出て島に戻ってくるまで教員生活をしていました。
書家としても有名で、教養も高く、島きってのインテリとして島人から尊敬されている存在です。当時は彼が、公民館長でかつ音楽祭実行委員長でした。
何となく小生とはうまが合うようでした。
一緒にいて何も喋らなくても気を使わずに暮らせるといったところかな。
二人で海を見ながら何時間でも無言でいられることの居心地の良さというのでしょうか。
そしてターキーは、幼少の頃から何かと不便な中、ピアノを覚え、・・・・ピアノがあったのかな・・・プロのピアニストとして活動しています。

KAZUは、某雑誌でターキーを「洋上のピアニスト」と名付けました。
実はターキーは小生より二歳年上なのですが(そのくらいの開きしかないのですが)、長年のクラブ勤めのお蔭なのでしょうか、古い昭和歌謡が即座に弾けるのです。しかも、any key OK。
戦前のものもです。
このピアノスタイルが、往年のキャバレースタイルというのでしょうか、ものすごく郷愁をかきたてるスタイルで、今はこんなスタイルで弾く人は少ないんじゃあないかな。
古いという意味ではなく、日本人の心を直接にくすぐるスタイルなのです。
この長兄Y.U.さん、三男K.U.さん、四男ターキー、そしてハワイから戻ってきた長女のK..さん達とは今でも親戚付き合いをさせていただいています。
ターキーのピアノに合わせて皆で合唱するのですが、即興でハーモニーが付いてしまう音楽性の高さには驚かされました。

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島、というよりは、沖縄では唄うことが当たり前です。
三線だけを弾いていてはいけません。
唄と一体になっていなくてはなりません。
そして、踊りもね。

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この頃から、唄うことの大事さを徐々に感じていきました。
島には飲み屋さんはありませんので、毎晩酒を持って誰かの家を訪問。
当たり前に三線の伴奏で唄が始まります。

この唄の世界から、石垣島に戻って民謡酒場に行ったら、あまりの音の違いに愕然。
あれほど好きだった民謡酒場なのに。
営業の音しか聞こえてきませんでした。
以後、民謡酒場からは足が遠のくようになりました。

島の連中は、民謡もさることながら、童謡・唱歌が大好き。
これを大声で唄うことは本当に気持ちよい。
何故か三線は童謡・唱歌の伴奏に合うのです。

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それにしても、島人達は皆唄が上手い。
声(キー)も高いような気がします。
海人の声なのでしょうか。

以後、Y.U.さんのお宅での自炊寄宿生活が始まります。

如何に少ない食材で料理を作るか、とは言え、これは本土的に考えて、お金で買えるものが少ないということで、畑に行けばある程度の青物はあるし、パパイヤとか長命草とかふーちばーとかなーべらーとかゴーヤーとか、島の食材はあるわけですから、地の物で料理を作っていくことを見よう見まねで覚えます。

そして、何と言っても、海という食材の宝庫があるわけです。
魚類は、ゆいまーるの精神で、収穫して物を皆で分け合います。
先ほどまで泳いでいた、かつおやらまぐろやらのこぎり鯛やシチュー(てんじくいさきの方言です。)や蛸やくぶしみ(巨大な烏賊)、みーばい等々。
本土(沖縄でもですね。)で買おうものなら大変な値段の魚たちを収穫して皆で分け合います。
不味い筈がありません。
これを如何に無駄なく食するか、徹底しています。
まずは、新しいところを刺身。
絶品!!!
刺身にならないような小物は、マース煮(マースは塩、塩の煮付けです。)。
そして、刺身で残った部分は魚汁として炊いてしまいます。
これで殆ど跡形も残らない。
食べ切れなかった頭の部分等は、やしがにの餌として使ったりします。

食は生きていくことの基本ですから、如何に無駄を出さないか徹底的に学びました。
少ない食材でも美味しく食べれるということを達成したときの幸福感かな。

小生、自宅でも、野菜はスーパー等では買わずに地元の農家の直売で仕入れています。
住んでいる土地によって色々な状況があることは分かりますが、日本の食糧事情を考えると、足りる範囲での自給は大事なことではないかと思います。

そんなこんなで、島の生活を勉強させていただき、お蔭である程度の島の自炊寄宿生活が出来るようになりました。
そして、音楽祭出演も回を重ねるうちに色々な人達との素晴らしい出会いが始まりました。
ということで、第四回に続くということにいたしましょう。
ではでは

2009年01月09日

鳩間島からの頼り

皆様、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

鳩間小中学校から寄せ書きが届きました。
昨年9月に同校でピアノの鈴木厚志氏と行なった演奏会に対する子供達、教職員達の感想が寄せられています。

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ピアノとのハーモニーが眠くなるくらい気持ちがよかったとか、生演奏を聴いていてまるでカフェにでもいる気分になったとか、ギターの出すリズムがとても楽しかったとか、子供達の感想はとても率直で参考になります。
何回も聴きたい、来年(今年)も聴かせてくださいとのことですが、勿論今年もやりますよ。
でも中学三年生は卒業して島を出て行かなければならないので今年は会えないかもしれません。そこがちょっと残念、とともに同じ年代の子供を持つ身だけに卒業生の進路が気にはなります。
でも、とても元気な中三の子供達でしたから、島を出てもきっと頑張ってやっていけるだろうと期待しています。

ピアノとギターの生演奏に対する反応がすごくよかったのは演奏していて分かったのですが、島には唄者が大勢いますし、生演奏に触れる機会もとても多いと思うのです。
ただ、やはり島唄が中心になるので、我々の演奏しているタイプの生演奏に触れる機会は少ないのかもしれません。その辺が刺激になるのでしょうか。
色々な音楽、それも良質なものを聴かせてあげたい。

このように感想をまとめてくださった教職員の方々の教育的配慮にも脱帽です。
本当にありがとうございました。
個人的には音楽をやっていく勇気をもらいました。
音楽をやっていてつくづくよかったなと感じることは多々あるのですが、こういう時は特に強く感じます。

年が明けて、今年も初夏(やまと的には春ですが。)の八重山・沖縄ツアーの計画を立てる時期に入ります。
地元との調整に入らなければなりません。
今年はその前に、鳩間島の大阪・東京チャリティ公演があるので、そちらの応援もしつつということになります。
今年も地元の皆さんと楽しく触れ合える機会を多く創って行きたいと思います。
今年もよろしくお願いします。

2009年05月12日

2009年春の八重山・沖縄ツアー・その1

皆様こんばんは。

筆者近影
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今年も恒例、春の八重山・沖縄ツアーを終えて無事に戻ってまいりました。

今年の沖縄はこの時期にしてはとても涼しかった、というより朝、夕は肌寒かったです。
布団もかけて寝たし、シャワーもお湯を使ったし。風も北東の風。
ただ、湿度が低く、いつものこの時期のようにじとっとしてはいなくて過ごしやすかったです。

長くなると思いますので、日記風に書いていこうかなと思います。

4月25日(土)
那覇着
既に約一週間前から奄美の仕事を経て沖縄入りしているATUXIと合流。
今夜は、桜坂のJazz Bar、R-Greenで演奏です。

こんなお店です。
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ここは北海道出身のテナーサックス奏者、千葉さんのお店です。
入り口が多少分かりにくいですが(桜坂劇場から公設市場寄りに坂を下りた途中の左手の階段を登ります。)、誰でも入りやすいとてもいい店です。
後半は千葉さんもt.s.で参加。
ボーカルのMさんも参加してとても楽しいセッションになりました。
場所も便利ですし、那覇の拠点になりそう。
ここで、偶然、以前座間味島で演奏したときお世話になったMさんと再会、次回は八重山に渡る前に是非、座間味でも演奏しましょうねーと。
終了後は、アフターセッションのお誘いがあったので、開南のJazz Bar 、Bun Note http://bunnote.ti-da.net/ へ。
ここのご主人もt.s.奏者、もう一人いたやはりt.s.奏者とセッションです。
いいですねー。とてもスイングしました。
沖縄のジャズマンは、民謡的なことまで出来るのが普通ですが、今夜は正統派モダンジャズスタイルでのセッションになりました。この狭い範囲に本格的なジャズ・スポットが二軒もあるというのは、やはり沖縄ではジャズが盛んなのでしょうね。
というわけで、明日は石垣です。

4月26日(日)
石垣着
やはり涼しい風が吹いています。
例年と違うなあ。
バスの終点がいつものターミナルでないのは、今日は石垣トライアスロンレースの日だからです。
屋久島の友人Yakutomさんも今頃頑張っているかな。
この後合流することになります。
宿は、いつもの楽天屋。
築100年以上の古民家。
ご主人夫妻もミュージッシャンで友達なので、気心が知れていてとても寛げます。
ここの息子さんは、高校生ながら凄みを感じさせるブルースミュージッシャンです。
練習している音が何時も聞こえているんですが、高校生にして渋い選曲とテクニックにはびっくりさせられます。
いつかセッションしたいですね。
琉球古民家というのは、風が入りやすい構造になっていて、とても涼しく夜は肌寒いくらい。
今夜は、登野城のSTELLAでライブです。

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トライアスロンを終えた方々も来てくれました。
お店のご家族もサンバチームの一員として鳩間島に渡ります。
前哨戦みたいに盛り上りました。
先は長い。
ここでバカスカ飲んで盛り上っていては体が持たないというのは、過去の痛い経験から学んでいるので打ち上げも常識の範囲内で。

4月27日(月)
散歩したり、練習したりでのんびり過ごします。
ここ楽天屋はNet環境が良く、PC.つなぎ放題なので、夜は酒を飲みながら昭和歌謡の映像を楽しみました。
特に、クレイジーキャッツとザ・ピーナッツ。
なまのビッグバンドの音が懐かしいと共に合成音では決して出せないゴージャスさとスイング感に宿の奥様と一緒に深夜まで盛り上ってしまいました。
このあたりは見ていると、結構、曲のアレンジとかアイディアが触発されたりするんです。

4月28日(火)
この日は、少々環境を変えるべく、T先生から車を借りて、県立少年自然の家へ宿泊場所を変えます。
去年も泊りましたけれど、前勢岳の麓にある広大な研修施設です。散歩でもジョギングでも山登りでもし放題。
例によって、宿泊団体は我々だけ。広大な施設に我々二人。一人当たり畳12畳の割り当て。これからのことを考えると贅沢すぎ。
ただこの状況って結構怖いかも。
怪談話もあるそうで。
こういうシテュエーションのホラー映画ってよくありますね。
小生は大好きですが。
しかし、我々は正義の「ボランティア楽団」(ここではそういう通り名になっています。)、怪談話などなんのその。
市街地からはかなり距離があるので、食事は弁当やらつまみやらを買い込んでおとなしく済ませました。

4月29日(水)
ああ、それなのにそれなのに、何故か今日は朝から絶不調。今日はパパ・ビゴーヂでのライブの日なのに。
昨夜は、二人で3合瓶1本しか空けていないのだから二日酔いになるわけないし、夕方まで食欲無しで、ライブ前にようやくサンドウィッチを少々食べることが出来ました。
ライブは、今日から合流した肝今日調とKinちゃんのパーカッションも入って楽しく演奏できました。

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打ち上げのスケア・クロでは深夜のBarでオレンジジュースとアイスティーを飲むという、酒飲みには許しがたい醜態をさらしてしまい、リベンジの念に燃えたのでした。
密室状態で同じものを飲み食いして、かたやATUXIはぴんぴんしている、この違いは一体何なんだと推理した結果、違ったものは弁当の種類だけだから、小生の弁当に入っていた揚げ物がいけなかったのではないかと推理。
楽天屋の夫妻に話したら、あんたが買った弁当は、台にただおいてあるだけだから、普通は午後1時までに買って食すことが寛容なのだ。コンビニのように冷蔵庫に陳列してあるものは心配ないんだけれどねとのこと。
確かに、5時頃買って7時頃食べた気もするな。
ま、必ずしも悪くなっているというわけではないのですが、食べ合わせが悪いとか、その日の体調とかで運悪くということなんでしょう。
でも、平置きの弁当は安くて旨そうで実にそそられます。
これからはお昼までに買いましょう。
全く懲りていない。
さて、翌日は鳩間島に渡ります。

2009年05月16日

第12回鳩間島音楽祭・春の八重山・沖縄ツアーその2

皆様こんばんは。

その2、第12回鳩間島音楽祭を中心とした鳩間島の日々です。

4月30日(木)
昨日は酒を一滴も飲まなくて正解でした。
すこぶる体調が良い。
STELLAで教えてもらった朝粥定食を食べて、鳩間島へ渡ります。

今年高速船用の浮桟橋が竣工して、今までとは違って船の横から降りられるようになりました。
鳩間港も随分立派になったものです。

立派な浮桟橋と待合室
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いつもの横断幕
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民宿のご主人、米盛さんをはじめ、島の皆さんと再会を喜びあいます。
今日は、小生とATUXIの二人だけ。
明日からは人数が増えて賑やかになってくるので、つかの間の静寂。

鳩間も例年と比べて涼しくて過ごしやすい感じです。
今日からの鳩間島の生活は自炊生活です。
米、味噌、メン、調味料の類は予め送ってあり、生鮮食料品は石垣で買ってくるのですが、この時期は人数も多いし、その都度差し入れやら買い足しもきくので楽ではあります。
それにも増して嬉しいのは、米盛さんからの新鮮で美味しい料理の差し入れや島の友人達からの誠に新鮮な魚の差し入れとか、とにかく色々とあって、市街地にいるより食は豊かで新鮮です。
ここにいると、一軒だけの商店から必要最小限のものしか買わず、労働力や作りすぎた食材やらと交換したりするので、金銭を使うということから段々離れていくのです。
石垣に戻ると、お金を出して刺身やてんぷらを食べる気がしなくなってる。

さて、米盛さん方は喪中ということもあって、母屋で放歌高吟は出来ません。昨年大受けだったおじいとの共演も今年は自粛ということで、今年は勝手が違うのかなあと思っていたら、民宿の前の庭(食卓です。)では構わないからどんどん音を出しなさい、と。おじいご本人も毎晩お付き合いいただきました。ありがたいことです。
今夜は、明日の小中校の授業の打合せと称する飲み会が、校長を始め教職員殆どが来訪して行われました。

今年5名がめでたく卒業し、現在は小学校2名、中学校2名の生徒計4名、教職員8名の全部で12名の学校です。
毎年音楽祭には、全員で演奏するので、この時期は演奏の指導と我々の演奏の披露を兼ねて一時限を受け持ちます。
今年は、校歌と島人ぬ宝(これは去年もやって慣れています。)と新たな試みとして、リコーダー合奏があるということで、中学、高校とリコーダーを専門的にやっていたATUXIの目が輝きます。
明日の授業が楽しみです。
奥様から差し入れてもらったパパイアと貝の酢の物、お刺身、うまかったなあ。

5月1日(金)
ずーっと天気は良いですね。
今日も晴れ。
今日から、友人達が徐々に増えてきます。
昨日、同宿で一緒に飲んだ広島のKさんは、宿が取れないので、一旦西表へ渡り、音楽祭当日はまた来るとのこと。
船から降りてくる人も増えてきます。
なにしろ、ここ「瑠璃」は、入島する人は全員この前を通る場所。
出入りが全部チェックできます。
明かりが灯ってからのここの庭は外からはオープンな飲み屋さんに見えるんじゃないかな。

さて、今日は午後一で学校の特別授業。

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子供達も我々のことを良く覚えていてくれて、再会を喜び合います。
校歌や島人ぬ宝は元気があってよいとして、特に去年一年生だったSちゃんはより声も大きくでるようになり、楽器もトライアングルから鉄琴に進歩して(音数が多いですから。)みんなを引っ張っていきます。
問題のリコーダーについては、ATUXIが普段の練習方法を含めて、細かい指導をしていきます。
曲は「Country Road」なのですが、譜面をもらったときから?????満載。

ピアノアレンジに原曲のノリはないし、無意味な代理コード満載で、最後の講評でのやりとりから、アレンジを変えてしまおうということになり、リズム重視の原曲を尊重したアレンジに変えてしまいました。結果的にはこれが良かったと思います。本番でお客さんの手拍子ももらえたし。
一般に、学校教材には、現場からすれば?????満載のアレンジが結構あるようで、あれじゃあ演奏していて楽しくないだろうなと二人で首をひねることしきりでした。
結局、次の時限の本番リハーサルまで連続して授業を行ないました。
内容も結構濃かったし、子供達もとても元気。教職員達との関係もとてもよさそうでした。
校長先生は、昨年秋にお会いしたときは色白で真面目そうな方という印象でしたが、今では真っ黒に日焼けしてよく笑う、すっかり島人になっていました。お酒も随分と飲めるようになったらしいです。

今夜も飲み会です。
「あんた、お名前は?」「ゆーいちです」「そーか、飲め」「で、あんたお名前は?」「ゆーいちです」「そーか、飲め」「で、・・」・・・・・・と去年もあった永遠に続くループのようなやりとりは、ひょっとしたらおじいが楽しんでいるんじゃないかしら。
Yakutomさんはとーまさんでイタリア人になりました。当間さんって沖縄にある名前じゃないかな。

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おなじみ童謡、唱歌を中心に静かな夜です。
こういうのも実にいいもんで。

5月2日(土)
今日も晴れ。
今日は、石垣からサンバチーム20数名やってきて瑠璃と隣のくしけー家に分宿することになっており、瑠璃も15名ほど収容し、家族連れは母屋にも宿泊と大変な混雑が予想されます。
しかし、そこはさすが地元、子供達が帰省していた米盛家孫と同級生だったりして田舎に帰省してきた様な雰囲気に。子供らはすぐ仲良くなって釣りだとか何だか遊びまわっています。

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食材もおにぎりを二升、おかず山ほど、ワイン6リッターにおつまみセットに何やかやで足りそうだし、後は寝るところですね。
六畳二間と台所(荷物置き場になっている)に15名ほど寝るというのは、はじめは立って寝るのかと言われました。ま、何とかなるものです。

賑やかな食卓
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寛ぐ
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この日は前夜祭ですが、やらなければならない重要なことは、本番のリハーサル、この日以外合わせられないのです。
午後、炎天下の西の浜へ全員集合してリハーサル。
石垣チームのこの日まで毎週練習してきた頑張りとヂレトールのKanさん(ゆーいち)の適切な棒振りもあって、スムーズに進みました。

西浜での練習ー暑い
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夕食まで、皆三々五々好きなことをやって過ごします。
ここで、STELLAの母娘のハワイアンデュオ、エプロンシスターズのハーモニーの美しさにうっとりし、すかさず前夜祭のエントリーを決めました。
我が方からはTERUちゃんのベリーダンスとエプロンシスターズの二組のエントリーです。
小生は今日は演奏しないので飲み、OK。

エプロンシスターズ
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ベリーダンス
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前夜祭での二組ともとても良かったです。
特にベリーダンスは夜のライトに映えますね。
妖艶な動きは男共の視線釘付け。
エプロンシスターズも来年は衣装を持参しようねとのこと。
もっとも、エプロンだけらしいのですが。
一つだけ残念だったのは、洋上のピアニスト、ターキーが事情があって不在なこと。
前夜祭、音楽祭、後夜祭を通してあのピアノが聴けないのはちと寂しい。
もっとも、5月5日は伊原間で待ってるよーと言い残して石垣へ渡っていったので、あちらでの再会を期待しましょう。
誰も外にあぶれることなく無事に寝床に着けたようでした。

5月3日(日)
今日は特に良い天気。
今までの北東の風が南風に変わっています。
こりゃ今日は暑くなるな。
朝から続々到着する船で、沢山のお客さんがやってきています。
米盛家でも、親戚の家族が庭でアーサーのてんぷらやハンバーグ丼やら何やかやを売り始めました。
子供の営業力がすごいのだ。

さて、音楽祭に先立って、宮良長包「鳩間節」歌碑の除幕式が行なわれました。

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これは、2月に行なった大阪、東京公演の成果の一部に基づくもので、西表を背景に立派な碑が出来ました。
そして、いよいよ学校の演奏です。
生徒は全然緊張していないようで、先生方の方が緊張しているようでした。
特に最年少、Sちゃんの声が大きくてとても良かった。
昨日アレンジしなおした「Country Road」も直して正解。
お客様の手拍子も入りやすかった。
学校の仲良くやっている雰囲気がお客様に伝わる心暖まる演奏でした。
上手い下手は関係なし、気持ちが十分に伝われば。

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リコーダー合奏
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島人ぬ宝
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さて、古謡に続いて開催宣言、実行委員長挨拶の後は一番手、いきなり我々の出番です。
今年は、「イタ・スズ・サンバチーム」と紹介されます。
今回、常連のボーカル、KAZUが出演できないとのことで、内容について色々と考えたのですが、石垣サンバチーム(RIO GRANDEと命名。パパビゴーヂの所在が字大川だから。)の出演とスルドが初上陸ということで、踊らせるサンバに絞って組み立ててみました。
ボーカルはとても花がある千草ちゃん。
そして腕に覚えがあるゆーいちとATUXIです。
バテリアの人数がいるので、エンヘードっぽくまとめてみました。
とにかくお客様を乗せる、盛り上げる、後に続く演奏でも立ちやすくするというつもりでやりました。

初めは小生とATUXI二人から始まって、徐々にバテリアが入ってくるという形、ギターのP.A.に少少難があったものの、そんなことはよくあることですからどんどん行きます。

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乗せどころからのお客様の反応は早かったですね。まるで待っていたかのように前の方からどんどん立ち上がって踊ってくれました。
こちらは汗だくの演奏でしたが、お客様が楽しんでいただいているという気持ちが伝わってくるようなステージでとても楽しかった。
どうもお客さまも待っていたようですね。
今までで一番お客様の反応が良かったんじゃないかな。
石垣チームも楽しんでくれたようでした。
このパフォーマンスは彼ら抜きには考えられないもので、感謝です。
この楽しさに味を占めてどんどん活動を活発にしていって欲しいです。
鳩間島音楽祭のサンバを近隣地元石垣島のサンバチームが中心となって出来るようになっていって欲しいと思うのです。
また、即席合同バテリアを上手くまとめ上げたゆーいちの手腕も特筆すべきものでしょう。
炎天下の全力疾走で皆完全燃焼。

お疲れ様でした。
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後は港での見送りまでそれぞれの楽しみ方で音楽祭を堪能しました。

おなじみ、わったー(我が)ちょーでーぐゎーバンド、久葉ぬ子ーズ
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ターキーはいないけれど、数年前に病に倒れ、病床にあった「鳩間の豊年祭」(今では鳩間の港と並んで島の定番ナンバーになっています。)の作者、タカ坊が復帰して久葉ぬ子ーズのステージに立て、再会できたということも嬉しかった。

今年は、出演者のキャンセルもあったりして、比較的出演者が少なかったように思えます。したがって、持ち時間が長かった。
帰りの船も4時には港に着いていて、いつもは5時なんですが、早い方の船は見送りの「鳩間の港」が間に合わなかったりして、桟橋が新しくなって出入りがスムーズになった影響なのでしょうか。見送りはちょっと物足りなかったですね。

見送り
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石垣チームの何名かは余韻を味わいたく、予定を変更してもう一泊。
この余韻が実にいいんですよ。
見送りが終わると急に風が北東に変わって肌寒くなってきました。
私的には、もっとジャンルが増えればいいなと思います。
例えば、最初に本格的なジャズバンドを持ってくるとか。
全体的には好天に恵まれて良い音楽祭だったと思います。
お客様も楽しそうでした。

後夜祭まで、のんびり過ごします。
米盛家、庭では売れ残ったアーサーてんぷら(それでも相当売れた。)をあてに打ち上げやらが始まって。
後夜祭は、雨が降ってきたので公民館で開催。
我が方からは、TERUちゃんのベリーダンス、Hさんのとても渋い選曲の歌唱、Aさんのジャズボーカルと多芸なところを見せます。

Hさんのボーカル
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Aさんのボーカル
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今日は、夜遅くまで騒いでいてもいい雰囲気ですから、あっち行ったりこっち行ったりして交流しながら力尽きるまで飲みました。

5月4日(月)
昨日の夜はちょっと雨が降りましたが、今日はまたまた良い天気。
朝8時から音楽祭会場の後片付け。
小生は一応サンバ一門の代表として参加。
筋トレを継続しているせいか、材木運びが楽に感じられます。
ただ、ステージ前のサバニの人手による運搬は結構きつかった。
あれって結構重いんです。
昔は、あれを担いで石垣の伊原間(陸地が一番狭くなっているところ)を東の海から西の海に抜けたんでしょうか。
昔の人の苦労が偲ばれる。
公民館倉庫も掃除して終了。

終了後は公民館前でぶがりなおし(打ち上げ)。
あては、大量の焼きそば(沖縄では、焼きそばと言えば沖縄そばを使ったもので、これが実に美味いし、出汁がなくてもすぐに調理できる優れものです。)と本日獲れた大量のかつおの刺身。
傍から見ると朝から飲んでいるように見えますが、このようにちゃんと理由があって飲んでいるのであって、何て酒ばかり飲んでいるやつらだと思われると心外なのであります・・・・・・・そうでもないか。
ま、色々と飲まねばならない機会はあるわけで、島の人達にとっては、こんなにみんなが来て下さる機会に、一緒に飲まないのはとてももったいない、きれいな海は年中あるけれどみんな集まる機会はそうそうない、飲みましょうねとなるんでしょう。
全部付き合っていたら、ひっくり返ってしまうので、そこはうまくやります。
このあたりの加減を習得するまでに随分時間がかかりましたね。

昼間、米盛さんと建次さんと付き合ってから、北の海へ散歩。
時間はゆったりと流れています。
今夜は最後の夜だから、前でどんどん鳴らしなさいとのおじいのありがたいお言葉。
でも10時までにしましょうね。
5月6日のパパビゴーヂのテーブルパゴーヂを意識しつつ、恒例となった瑠璃の食卓パゴーヂ。
この空間で音を出すのは何時も思うのですが、本当に最高。
雰囲気もあるけれど、自然で優しい音がするのです。風も心地よい。
千草ちゃんの芭蕉布に何を思うか、勝おじいの目に涙。
今夜も静かになった優しい鳩間の夜は更けていきました。

夕暮
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今年も色々な方々にお世話になりました。
特に、いつも素泊まりとは思えないほど色々なお料理を差し入れてくださる奥様静江さん、何時も感謝しております。
そして飲んだり唄ったり議論したり、何時も刺激を与えてくださる島人の皆さんありがとうございます。
そして、石垣サンバチーム、Rio Grande!!
今年のパフォーマンスが出来たのはあなた達のおかげです。
来年もさらにグレードアップして楽しみましょう。

明日は石垣へ移動です。

のんびり
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2009年05月28日

2009、春の八重山・沖縄ツアーその3

皆様こんばんは。

その3 沖縄・八重山編最終回です

5月5日(火)

鳩間島を出発して石垣へ。
天気は良いのですが北東の風が吹いていて、高速船はかなり揺れます。
鳩間島を囲むリーフを出て上原海峡を抜けるまでがポイントです。
時間にして約20分。
久し振りに揺れる安栄に乗りました。
初めての人はかなりびっくりするようです。
揺れの少ない外部後部座席で油の匂いを我慢するか、匂いは無いけれど揺れの激しい前部座席か。お好み次第。

石垣離島ターミナルでは「鳩間島音楽祭展」という展示をしていて、1年か2年前の我々のステージがビデオで上映されていました。
サンバもこの時期の鳩間島名物になりつつありますね

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さて、今日はすっかり5月5日の恒例になった感のある石垣市伊原間のたいらファミリーでのコンサートです。地元のバンドも色々出演するので、これが大きな楽しみです。
再びT先生の車を借りて、忘れ物を返しがてら昼食をSTELLAでとって、伊原間へ。

伊原間は、石垣島で東西の幅が一番狭くなる辺りで、高いところからは太平洋と東シナ海が一望に見渡せます。

伊原間太平洋側の海岸
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たいらファミリーの入り口の発泡スチロールで作った面白いオブジェが何だか増えているような気がします。
おじい、おばあ、ご主人、奥様、息子さん、お嫁さん、そしてひ孫のMちゃん、みんな変わりなく元気でした。

ファミリーの隣の草地には何故か馬が二頭。去年まではいなかったな。
隣のおうちが飼っているとのことで、与那国馬だそうです。
親子だそうですが、これ以上大きくならないのと前足が太いのが特徴です。
とてもおとなしい。
犬を飼うのは普通ですが、馬を飼っているというのは面白い。

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昨年のような雨の心配も無く、夕暮れ時6時頃から三々五々お客様が集まり始めます。
ここの夕暮れの空は実にきれいで、夕暮れ時から夜にかけての野外コンサートというのはとても素敵な時間です。

最初は、DUAS INTENCOESと途中からパーカッションのkan・kinが加わって、今までここで演奏する機会のなかったようなインストのナンバーも演奏します。

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何時も担当してくださるP.A.の宮良さんはとても腕のいい人.で、何時も安心して演奏することが出来ます。
ちょっと本音を言うと、鳩間もこの人がP.A.を担当してくれたらなあ。

さて、次はご当地名物のたいらファミリーバンド。

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Mちゃんの踊りもおなじみ、オリオンビール。
小学生になってちょっと恥じらいが出てきた様が伺えました。

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そして、竹富から来たKさんと民謡酒場「浜辺」のHさん。
Kさんはとばらーま大会で最優秀賞を取ったことがある方で、素晴らしい唄声でした。
奥様のリクエスト、とても月がきれいだからと唄った「月ぬかいしゃ」が印象に残りました。

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たいらファミリー奥様飛び入り
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今年の沖縄はやはり涼しい。
夜になると半袖では寒いくらいです。
で、お待ちかね、ターキーが入ったこのバンドの名前は何だろ、浦崎一門バンド。
鳩間でもおなじみ、局長と比嘉盛雄さんをメインボーカルに、鳩間から来ていた鉦雄さんも加わって快調な音を聴かせてくれます。

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お待ちかね、ターキー
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そして、この夜一番受けたと思われるteruちゃんのベリーダンス。
ステージから客席へと縦横無尽に動き、お客様の視線を釘付け。

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最後は、六調節でもーやーにしようと決めていたので、我々のサンバ、浦崎一門バンドの順番で午後10時終了。

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お約束のターキーのHappy Birthdayもケーキは無いけれど、5月5日の日付が変わらないうちに出来ました。
いつもは鳩間でターキーと楽しい時間をずっと過ごすのに、今回は残念ながらだったのがここへ来て一緒になれてよかったよかった。
さすがに連日の疲れが出たのか、早めに就寝です。

5月6日(水)

来年も必ずと約束して伊原間を発って、今日は大川「パパ・ビゴーヂ」のツアー2回目のライブ。
去年、ひょんなことからやってみてとても面白かったテーブルパゴーヂ形式投銭ライブです。
時間があるので、平久保灯台なんか行ってみたりして東回りで市街地を目指します。

途中、野底の比嘉盛雄さんの友人で、東京・鳩間でもご一緒した新潟から野底に移住したTさんご夫妻のお宅に呼ばれました。
移住して半年、小生とは鳩間東京公演のときに知り合ったのですが、野底まーぺーが正面に見えるとても素敵なおうちに住んでいらっしゃいます。
庭も広いしパパヤーや芭蕉も植わってるし、その庭を突き抜けていくと東シナ海に出てしまうのです。釣り船も出せる。なんとも羨ましい。
屋上テラスからは東シナ海が臨めます。
特筆すべきは、盛雄氏作成の東屋。
鳩間の雰囲気がぷんぷんして、心地よいことこの上なし。
ここで飲みながらゆんたくしたり、演奏したりは気持ちよいでしょう。
Tさんは移住半年にして、地元の良い仲間と知り合いになれてとてもラッキーですね。これからも楽しく暮らしていけるでしょう。

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そんなこんなでのんびりと約一週間ぶりに楽天屋に帰って来ました。
今日は、東京から来た仲間達も石垣に滞在しているし、このツアー、八重山最後のライブだからおもいっきり楽しみましょう。
テーブルパゴーヂ形式ですから、テーブルを囲んで、出演者皆で歌い継いでいきます。

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最後はやっぱり踊れるサンバ。
鳩間島で友人になった方達も来てくれました。
ありがとうございました。
みなさんお疲れ様でした。
明日は沖縄だ。

5月7日(木)

長らくお世話になった楽天屋さんを発って沖縄へ。
その前に、今回はまだ行っていなかった小生お気に入りのGへ朝食を食べに。
ここが好きというと、皆、えーーーという反応を示すのですが、なんでかね。
小生にとっては居心地がいいのです。
観光客受けするおしゃれな店とは対極にあるお店。
秘密の花園なのでお教えすることは出来ません。悪しからず。
楽天屋さんは、いつもまるで我が家のように使わせていただいて、本当に感謝です。
これからもお世話になりますよーーー。
よろしくお願いします。

ツアー最終日は恒例、現南城市、玉城「たまたま庵」にてライブ。
持ち込み大歓迎の超寛ぎライブ。

今回は、お客様が随分多くて盛り上りました。
ゲストの方もとても良かった。

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ここは、聴く気満々のお客様です。
盛り上がり方も若干異なります。
何というか、踊って盛り上がるというよりは、ジャズコンサートのような盛り上がり方というのでしょうか、プレイの内容に共感を得ていくという感じ。

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ちょっと残念だったのは、いつもセッションが楽しみなサックスプレイヤーで陶芸家のTさんが旅行中で来れなかった事。
でも、彼の店には何時も顔を出します。
うちは彼の作品がどんどん増殖中です。
そして、今回は、近所のフォーク居酒屋!!!のご夫婦が来ており、アフターアワーズはそのお店に皆で繰り出します。
カラオケではなく、生伴奏でべたな唄をとことんやりました。
そして、裏芸が無かった小生も、ここでついに裏芸を一つ見つけました。
これを唄うと後が無い。最終歌謡でしょうか。
ATUXIが前奏から伴奏から間奏まで覚えてしまったので、彼の前奏が始まると自動的にモードが変わる。
これ以上は言えません。
あまりに・・・・・・・・・・で。
明日の朝は午前中の便で帰京。
楽しかった時間は早く過ぎ去ってしまいます。

5月8日(金)

長いようで短かった約2週間。
今回も色々な想いでと感動とやるせなさやら抱いて、サウダーヂを感じながら沖縄を後にします。
最近は、いつまでこれを続けていけるのか、ふと不安になることもあります。
しかし、沖縄や八重山に対する気持ちが変わらない限り、おそらく変わることはありません、どんな形であれ続けていこうと思います。
もっと色々なミュージッシャンにも来て欲しいし、ジャンルも広げたいし、グレードも上げたい。
島に住む人達、沖縄に住む人達と同じ思いを抱いて、これからも活動していきましょうね。
お世話になった方々、どうもありがとうございました。
ではでは

2009年10月09日

2009年、恒例秋の沖縄・八重山の旅

皆様、こんばんは

久々の筆者近影
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ここのところ偶然に旅づいていて、豊橋から帰ってきてすぐに沖縄・八重山行きです。
もっとも、この時期の沖縄・八重山行きはもう十数年続いていて小生の中では外せないもので、沖縄・八重山との出会いの原点みたいなものです。

今回は、ソロギターでの演奏旅行にとばらーま大会と鳩間島行きがテーマ。
とばらーま大会は旧暦八月の十三夜と決まっているため、台風シーズンのこの時期に行くことになります。

始まりは那覇は桜坂の「サクレ」でライブ。
昨年までは東町にあった、グランドピアノが入ったクラブでしたが、今年から桜坂に移転。規模をうんと小さくしてBARになりました。野毛の「タイム」に似たとてもよい雰囲気です。
普段はジャズがかかっています。
P.A.なしの生ギター一本で演奏するのには演奏者にとってもお客様にとっても丁度よい環境です。
ママの美可さんはとっても狭いからと心配してくれていましたが、「タイム」で慣れているので、とても気持ちよく演奏できました。

この距離感
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美可さんの唄も相変わらず雰囲気があって素敵です。

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何時も思うのですが、経験的にも東京にこんな魅力的なボーカリストはあまりいないと感じています。
多くの人に聴いてもらう機会があればいいなあ。
ソロ演奏は、ごまかしが効かない反面、ごまかしが効く部分もあるわけで、つまり創造的な展開に持っていってしまえば、ミスっても共演者がいないので上手く展開できる可能性もあるのですが、ある部分が抜け落ちたりすると怖い。よく、真っ白になるなんて言いますけど、一人の場合はそれが怖い。
もっともそういうことを恐れていては、難しい曲は何時までたっても人前で演奏することは出来ないので、どんどん行くしかないわけです。
今回は、バーデン・パウエルの作品、ガロートの作品、ショーロの有名曲、ボサノバの有名曲、皆で乗れるサンバの曲とある程度絞り込んで演奏してみました。
約2時間ほどの演奏でした。

翌日は、おなじみの玉城は玉々庵。
お客さんには民泊中の修学旅行生も。
春にお会いできなかった陶芸家でサックス奏者のテツオ氏も参上。
アフターアワーセッションもいつもどおり楽しかった。

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ユラリンという不思議な楽器、余韻が響く。
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テツオ氏の作品も小生宅に着実に増殖しています。
とても家族に受けがよいのであります。
特にシーサーのマスコット的な作品の顔が本人を彷彿とさせてとてもよい。

そして翌日は石垣島へ。
このあたりから、台風17号、18号がはるか彼方に発生します。
ステラにて再会を祝して飲みます。
翌29日に鳩間島へ。

鳩間の朝日
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まずは、皆さん元気にやっていることを確認。
ただ、小学生1名、中学生1名でやっていた鳩間校の中学生1名が小生の乗ってきた船で帰ってしまうということで、この先の鳩間校がとても心配されます。
そして、明るいニュースは「特定非営利活動法人 南の島々・守り隊」というNPOを立ち上げて、ゴミ処理施設を中森のちょっと先に建設し、ゴミの分別回収、発泡スチロール等の再資源化に取り組んでいることです。

処理施設
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焼却炉
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発泡スチロール等の分別
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随分前から、ゴミは穴を掘って捨てるということを繰り返していては将来ゴミの島になってしまうと議論していたので、とても素晴らしいことだと思います。
きれいな道路や立派な体育館よりこういう施設の方がよほど望まれる施設だと思います。
ゴミは以前のように学校による回収ではなく、NPOによる分別回収に切り替えられました。
今後軌道に乗せていって欲しいものです。

そういえば、あのバラス島が今は見えません。なくなっちゃった。

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何処にいったんでしょ。
そのうち出てくるだろうとのことですが、去年初バラス島ライブをやった者としてはちと寂しいし、あそこを中心としてダイビング案内をしている人達は困るでしょうね。
しょうがないですがね。

島の浮き桟橋の周りは、今、ミジュン(カタクチイワシ)の群れで黒くなっています。
群れが移動するところを追いかけて釣る(餌はいりません。)のに島人は夢中。
10cmほどの体長ですがとてもよく釣れる。
へたくそな小生でも釣れるくらい。
刺身、てんぷら、酢の物とこれがとても美味しいのです。
暇があれば、釣竿にバケツです。
なにせ「気持ち悪くなるくらいいる」(K.U.氏の表現)んだから、ぼーっとしているよりはおかず獲りに精を出します。
夜は相変わらず、母屋で飲み会+童謡・唱歌大会。
おじいの伴奏をつとめますが、歌集を忘れてしまったので歌詞が続きませんね。
友人のM.H.棟梁も仕事で在島しているので一緒に飲みましょね。

二日間は晴れたり降ったりでこの季節にしては涼しい感じがします。
二つの台風の影響が徐々に出てきているようです。

春は十分にコラボできなかったピアニスト、ターキーも元気で、主人一時不在のソバ屋の切り盛りと付属の「ターキーズ・バー」なるスペースを営んでいます。
夕方になると下に行ってピアノを弾きます。
何かそんな動物いたような気がする。

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10月1日のとばらーま大会は見たいので、1日の夕方の船で石垣に渡って2日のライブを終えてからまた戻ってきて、3日の十五夜を鳩間で過ごしたいし、4日の結願祭も体験したいなと思っていましたが、台風17号の影響が出てきて、明日からしばらく欠航になるだろうとの予想。
島人のこういう予想はまず間違いなく当たるので、一旦は荷物を石垣に引き上げます。
船も上げ始めて、台風の準備も徐々に進んでいます。
M.H.棟梁も仕事を中途で片付けて石垣へ引き上げです。

10月1日のとばらーま大会は、晴天。
十三夜の月の下、真栄里公園の野外ステージで行なわれました。
ここは二年前から始まった場所で、広くてとても気持ちがよいのです。
出場者23名。
知り合いのH.H.氏は優秀賞でした。

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10月2日のパパビゴーヂのソロライブはお客様の都合もあって、三部構成。
一部はバーデン・パウエルの作品、ガロートの作品、二部はショーロの有名曲、ボサノバの有名曲を中心に、そして三部は石垣のサンバチームの仲間をバテリアに加えて皆で乗れるサンバの曲と。
お客様も満員で、最後はノリノリのステージになりました。

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ソロも続けてやってくると慣れてくるもので、また逆にここがまずい、ここが練習不足だという部分もはっきりと見えてきます。
必ずしも、事前に予測していたことと違うものが見えてくるのが面白いですね。
そして翌日は、案の定欠航。しばらくは欠航だろうということで鳩間へ戻ることは残念ながら断念しました。

いい天気なので伊原間のたいらファミリーや野底に移住したTさん宅を訪れたりします。
偶然同じ宿に泊っていたのが、古くからの音楽仲間である鈴木亜紀さん。
十年ぶりくらいの再会でしょうか。
彼女は、4日にスケアクロでライブがあるのです。
今晩、十五夜の夜は台風の影響で天気が悪く、月は出ませんが、それでも各家庭や地区で月祭り・観月会が催されます。
定番行事ですから。
いつもお世話になる、T校長先生のお誘いで白保の棒術を亜紀さんと見学に白保地区へ。
これは神様に奉納する神事で無形文化財になっており、2名1組で10組登場しました。
棒だけでなく鎌なんかも使いますが、型とはいえ二者がかなり接近して演じられているので間違えば当たってしまうし怪我もするでしょうからとても真剣です。
一から四の演技まであり、三、四は集団で演じられるもので、見ていて飽きない流れが感じられました。
個々の出し物から段々激しくなっていき最後はクライマックスから収束に至る、変な例えかもしれませんが、花火大会を思い出してしまいました。

入場
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さて、神事の後はぶがりなおしですが、これが公民館に付属している豪華野外ステージでの十五夜のど自慢大会。

上等なステージ
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飲みながらの流れですから、無礼講。
亜紀さんと小生も参加、仲良く鐘二つの賞品はボックスティッシュ3箱、台所洗剤、大根でありました。
演目は二人とも当然演歌ですよ。
ぱらぱらときますが追い風方向の大きいフクギを背にしているのでたいしたことはないし、地元の人に言わせると「タコの小便」というすぐ止む雨です。
同じグループで飲んでいたTさんが最優秀賞に輝き、更にお祝いするために皆でTさん宅へ。

最優秀
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おうちでも各自唄を披露します。

T校長の鳩間中森
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亜紀さんもアカペラでオリジナルを披露。皆を魅了しました。

ピンボケでごめんね。
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夜半、帰り道は大雨。これはもろに台風の影響でしょうね。
明け方雷注意報が出て、翌日曜日に予定されていた運動会は中止になったところが多かったようです。

その日曜日、昼間はいい天気。
午後からばんな公園で行なわれた石垣サンバチームの練習へ。
とても広い空間なので思い切り叩けます。
着実にメンバーの質・料とも高めていきましょう
そして鳩間でブレイクしましょうね。
次はあそこの芝生を行進してみたいですね。

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こやつらもすぐに活躍出来ると思います。
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夜は、亜紀さんのライブを聴きにスケアクロへ。
昔はブラジルものもやっていた時期があって、その頃からオリジナル指向だったと思いますが、今はオリジナル一本、立派なものです。
唄もメロもとても面白いもので、特に歌詞が大人の女の心情を語っていていいですね。
内向きな陰々としたものでないところがいい。
小生は自虐的で自己愛的な歌詞はきらいなので、好感が持てました。

翌朝亜紀さんと小生だけがお気に入りのGにて朝食。
彼女は翌日から那覇・鹿児島・宮崎の旅を続けていくとのこと。
よい旅を続けてください。
また会いましょね。

さて、八重山にもそろそろ台風の影響が出てきて微妙な感じです。
17号は相変わらず台湾の南に停滞し、波の高さに影響を及ぼしています。上原・鳩間は今日も欠航。
小生の戻りのチケットは6日の火曜日ですが、18号の影響がそろそろ心配になってきます。
まだ動きは遅いようで、7日あたりから空の影響が出そう。
ということで、5日の夜はお世話になったパパビゴーヂで最後の乾杯を。
来年の春の鳩間島音楽祭に向けて石垣チームも頑張ろうということになりました。
6日の航空機は問題なく運行しました。

その後、これを書いている時点では18号は大変な台風になりましたね。
でも実は明日から18号が上陸したルートに近い豊橋・中部天竜第二段なのです。

今年も、無事に秋の八重山・沖縄行きを楽しむことが出来ました。
お世話になった皆様、ありがとうございました。
特に、一週間もお世話になった楽天屋の皆さん、本当にありがとうございました。
お庭のパパヤー、とても美味しくいただきました。

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